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作戦会議

 ドスッ、と矢はラナの足元へ突き刺さり、ユージンの頭の上を掠めテント後方へ飛んでいった。

 こちらが射撃体勢を取るよりも早く、矢を番えて待機していた山賊たちが弦を弾く。

 山賊たちによる弓矢部隊は二部構成で次々と矢をユージンたちに向けて放った。


 ラナの言う通り、向こうは二人が矢の攻撃に耐え切れなくなりテントから離れる隙を狙っているのだ。


 けれど、矢の本数にも限りがある。

 ユージンは鋭角から狙いをつけてくる山賊たちから先に照準を合わせて引金を引いた。

 一人が倒れ、二人が倒れる。

 反対側の鋭角から矢を放ってくる山賊たちは、ラナの銃弾に倒されていた。


 現段階では状況を眺めているだけのディベルトが、なにかを言ったようだ。

 が、射撃音に掻き消されてほとんど聞き取れなかった。


 一本の矢がテントを破り、ヘレナが悲鳴を上げる。


「平気か、ヘレナ!」


 横目でテントを見たラナが叫んだ。


「大丈夫、お姉ちゃんも?」


「心配するな。おまえに守られてるよ、かなりな!」


 ラナは三点撃ちを上手く使いこなしていた。

 もしかしたら街から離れたあの河原で、練習をしていたのかもしれない。


(これならフルオートに切り替えた方が……いや、やっぱりダメだ)


 弾がなくなれば全てが終わりなのだ。

 一瞬浮かんだ甘い考えを、ユージンは即座に押し退けた。


 テントの一部に矢が当たったらしくガチッと鈍い音がして、二度目の悲鳴が聞こえる。


「フレームだよ、ヘレナ!」


 射撃音の合間で、ユージンが叫んで伝えた。


「うん。テント、ちょっと傾いたけど大丈夫。ユージンさん、怪我してない?」


「まだなんとかね!」


 ラナとユージンは、入れ替わりで次のマガジンを差し込んだ。

 姉妹に弾丸を売ったのはユージンだ。

 残りの弾数は予測がついている。

 デュランダルに使用しているロングカラムに詰められた弾丸は三十三発。

 アンサラーには最高で二十一発。


 すると、飛んでくるはずのない方向から弾丸が発せられ、ラナもユージンも驚いて意識をそちらへ取られた。


 そしてもう一発。

 弾丸が飛び出していったのは、テントの破れた隙間からだ。


「引っ込んでろ、ヘレナ! おまえがやられたら元も子もない!」


「わたし、一番安全なところにいるんだよ。向こうはきっとお姉ちゃんとユージンさんしか撃ってこないと思ってる。不意打ちにしてやるの!」


 ヘレナの撃つ弾は相手を掠めもせずに森の中へと吸い込まれていく。

 相手は確実に怯んでいた。

 当たることはなくても、山賊のひとりが転倒する。

 そこをラナが素早く射抜いた。


「やった、成功!」


「なに言ってる、当たったのはあたしの弾だ」


 口の端でラナは笑った。

 けれど瞳だけは険しかった。


 精神的に辛くなってきているのはユージンも同じである。

 ヘレナがいるおかげで威嚇目的に飛んでくる矢が多いとはいえ、自分がいる数十センチ先の地面に矢が突き刺さるのだ。

 残る山賊は十人近く、新派の黒服の者たちに至ってはほとんど数が減っていない。


「ラナ。作戦会議、しないか」


 走り回ったわけでもないのに、ユージンは息が上がっていた。

 充分な酸素を脳に送ってやりたくても、息をつく間もなく矢が放たれる。


「他にとっておきの策があるならな」


 強がりなラナの声にも疲労が入り混じる。

 現状打破に急を要するとユージンは感じた。


「新派のやつらを先にやろう」


「現状でもギリギリだというのに弓矢の射手を片付けるよりも先に新派を? 頭がどうにかなってしまったのかユージン」


「どっちにしろこのままじゃもたない。弱音を吐こうっていうんじゃない。こちらの弾がなくなれば、相手は一気に距離を詰めてヘレナを攫うに決まってる。そうなれば脅威なのは弓矢よりも拳銃だ。相手は、今、俺たちが弓矢の射手をいち早く減らすことに必死だと思い込んでいる。直線射撃しか出来ない新派の奴らがほとんど手を出せないでいる今のうちなら、一気にいけると思わないか?」


 次の引金を引くまでの間、ユージンは切れ切れにラナへ作戦を告げた。


「バカな。その間は矢の射手をほったらかしにしておくつもりか」


「ヘレナがいるだろ。撃ち始めてから最低ひとりの脚には弾を当ててるよ。俺と君は新派の奴らを撃つ」


「見た目によらずつくづくあんたはぶっ飛んだヤツだよ、ユージン」


 一瞬だけラナと目が合った。


「作戦採用だ。同時に標的を切り替える」


 ユージンは頷いた。


「せーのっ!」


 同じタイミングで、ラナとユージンは山賊たちから黒服の新派の手先へ照準を合わせ変えた。

 不意を突かれた彼らのうち、二人が銃弾に倒れる。

 三人、四人。


「いいぞ、一気に半分まで減らした!」


 興奮気味にラナが叫んだ。やらなければ殺される。


「このまま最後まで……えっ」


 ユージンは自分の目を疑った。

 視界の端に映る山賊たちの数がどうもおかしい。


 初めにいた人数と同等──否、それ以上の山賊たちが中空へ矢を構えているではないか。


「復活を? なんで」


「援軍だユージン。あいつら、仲間の山賊を呼んだんだ!」


 引金を引くユージンの手が急に冷たくなった。

 もっと早くに気づいていれば先手を打てたかもしれない。

 けれどすでに時遅しであった。

 放たれた矢がラナとユージンの頭上から襲い掛かって来ており、一歩も動けぬうちに雨のように降り注いだのだ。


 ドスッ、ドスッ


 ドスッドスッ……


 不意を突かれたのはむしろラナとユージンの方だ。


 耳慣れない女の悲鳴に振り返ると、ラナが左の大腿を押さえて倒れこんでいた。

 衝撃のあまり咄嗟に声を掛けようとしたユージンの耳元を、匂いのない風がビュッと通り過ぎる。


(なに)


 ……ドスッ


 後方を振り返ると、長い矢が地面に突き刺さった振動で小刻みに震えていた。

 それからユージンはやっと事の重大さに気がついた。

 右の上腕部が見たこともない勢いで真っ赤に染まっていく。


 痛みを自覚するよりも先に熱さに似た刺激が迸り、一瞬にして他の感覚全てを支配していた。

 熱さが痛みであると自覚したとたんに右手の平から拳銃が滑り落ち、片膝がガックリ地面に触れる。


「──ラナ……」


 口に出した名前の先は、飲み込まざるを得なかった。

 背にしていたテントで銃声がガーンッと鳴り響いたからだ。


「……おいユージン、今の弾どこへ飛んで行った──?」


 我が身を振り返らず上体を起こし、ラナが言った。

 斜め上空から襲い掛かる矢の群れが一斉に周辺の地面へ突き刺さった。


「見えなかった。見てなかったから」


 ユージンは自分が言った言葉に違和感を覚えた。

 ラナの表情が怪訝に歪んだ。


「ヘレナ、ヘレナ? おまえ……っ!」


 テントまで這って行き入り口を捲り上げてラナは絶句した。


「お……お姉ちゃん──」


 なにかあったらしい。

 尋常じゃない姉妹のやり取りがユージンにも聞こえてくる。

 すぐに拳銃を拾い上げようとしたが、ユージンの右腕は自由が利かなくなっていた。

 仕方なく左手で拾い上げ、ユージンもラナに続いた。


「だ……だって、このままじゃみんなやられちゃうもん──そんなの、絶対に嫌だもんっ! だからっ!」


 テントの中を覗き込むと、ヘレナが大泣きしていた。

 こうしている間にも矢が掠めテントは大きく揺さぶられているのに、姉妹喧嘩などしている場合ではない。


「バカがっ! こんなことしたらなにもかも──」


「わたし、お姉ちゃんとユージンさんのこと全然守ってない! 危ない目にばっかり合わせて、もうどこにも逃げられっこないっ!」


「おまえがいなけりゃ、とっくにやられてるよ! 台無しだろ! ここまで来たのに!」


 ラナが掴み上げたヘレナの手からは、あるはずのものが消えていた。


「ヘレナ、手袋どうした」


 たまらずユージンが姉妹の言い合いに割って入る。

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