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ディベルト

 やはりユージンの目に狂いはなかった。

 射撃祭に現われ競技者に紛れて込んでいたのも、その後で大量の弾丸を買い込みに来たのも、全ては姉妹を捕らえるためだったのである。


 ラナから聞かされた話によると、カバナハ族は十数年前、大地主に雇われてラナの父親が統べる傭兵団により討伐されたという。

 その残党が、この辺りの山岳地帯に巣食う山賊たちと繋がっている可能性があるのではないかと、彼らに襲撃された時からラナは疑っていた。

 山賊がカバナハ族と関わりがあるのであれば、魔を国にとっての危険要素だと考えるバルトルの連邦政府は、それを崇めるカバナハ族も山賊も敵に回すのが普通ではないか。


 考えれば考えるほど、図式が成り立たないのである。


「気をつけろユージン。どうやら頭領のお出ましのようだ」


 黒い背広姿を着た者たちの間を割るようにして、森の中から新たに二つの姿が現われた。


 大型の弓矢を手に、真昼の森には似合わない漆黒のマントを翻した男は、上体に防弾ベストならぬ大型の鱗を編みこんだ胸当てをつけ、頭には大部分を覆い隠す不気味な被り物をつけていた。

 まるで竜の頭を象ったかのような兜代わりのそれが邪魔をし、表情を伺うことすら難しい。


 そして彼を先導して来たのは、酷く痩せこけた骸骨のような射手であった。


「数年ぶりの人間だ」


 頭領らしい男の低音が効く声は、雑音のほとんどない湖畔に飄々と響き渡る。


 ユージンも、傍らのラナも、その捉えどころのない動作に震撼した。


「我が名はディベルト。数日前はこのマーハが世話になったそうだな」


 ディベルトと名乗った頭領が、脇に退けていた痩せこけた射手を示す。

 射手はカタカタと体を揺らして奇妙に笑い、銃で撃ってくれたユージンを嘗め回すようにして見据えた。


 やはりユージンは彼を殺してはいなかったのである。


 魔牙人という奇怪な存在のことをラナは教えてくれた。

 魔の牙から生まれ、持ち主の分身として存在するという彼らである。

 魂は別のところにあるというのも、信じ難くもどうやら真実であるらしかった。

 ユージンが撃った弾丸は、確実にマーハの胸部を貫いていたはずだからである。


「先に矢を放ってきたのはそっちだろ。応戦しなければ、こっちの命が危なかった」


 数秒の間に覚悟を決めたのか、果敢にもラナが言い返した。

 ユージンの背を冷たい汗が伝っていった。


「我々の領域に侵入した」


「いつからこの辺りの山はあんたらのものになったんだよ」


「十数年前──我々の一族が山を追われた後でのことだ。『シュクラ』率いる傭兵団に」


 ディベルトは一際の恨みを込めてその名を湖畔に響かせた。


 ゴクリとラナが息を飲み込むのが、ユージンにもわかった。


 やがてレイクバレイへやってくる姉妹がカバナハ族を討伐した傭兵団長の子だということを告げたのは、おそらく連邦政府と繋がりのある黒尽くめの者たちだろう。

 ラナの表情は固かった。

 シュクラの名を出したことで相手が怯んだことにディベルトは満足したらしい。


「先にこの一帯の山々を棲みかとしていた者たちに魔の力を与えたのも我々だ。マーハを頭とさせ、彼らは雷のごとく鋭い矢を射るようになった。この辺りの山々に棲むのはみな、力欲しさに我々の下へ跪いた者たちだ」


「魔の力……。やはりマーハは碧魔の──」


「魔牙人なる者」


 含み笑いをディベルトは漏らす。


「じゃあ、つまりあんたは」


「現カバナハ族の元首だ。シュクラの娘よ、貴様の母親が我々から奪っていったものを返してもらおう」


「嫌だ! 妹は渡さない!」


 噛みつくようにラナは気高く吠え立てた。


「呪い師によって封じられた紅魔の力を囲い、銃ひとつで碧魔の加護の前に立てつく気か」


「あんたらだって騙されてるんじゃないのか? そこにいる黒服の奴らはバルトルの連邦政府から使わされた者たちだぞ! 捕らえたところで、妹は奴らが掻っ攫って行くだろう! 連邦政府は魔を宿した妹を消すことに躍起になってるんだ!」


「お姉ちゃん──」


 テントの中でガラティンを握り締めるヘレナが呟くのが微かに聞こえる。


 ところがディベルトは、そんなラナの主張を笑い飛ばしたのだった。


「消す? 冗談じゃない。ここにいるのは、紅魔を我々の手に取り返し、我々と共に連邦政府の一派へ復讐するために手を結んだ者たちだ。我々の一族討伐には、連邦政府の一派が一枚噛んでいたのだよ」


「でも、あたしたちは何年もずっと魔を抹消しようとする政府の人間に追われて──」


 そこまで言ってラナはハッと息を飲んだ。


「もしかして、旧派と新派……あたしたちは二派の対立に巻き込まれていたと」


「その通り。我々は奪われた紅魔を取り戻し、紅魔と碧魔──双頭魔の加護の下で連邦政府の新派は旧派を叩く。我々は一族がバルトルの山奥から追いたてられた復讐も果たすことが出来る。まさに一石二鳥というわけだ。さぁ、シュクラの娘よ、連邦政府の新派にジュピトル山の山賊、それに我々カバナハ族……これだけの陣営を目前に立てつくのはもはや無駄というものだ。大人しく紅魔を渡し、その命を持って償いを示すのだ!」


「──絶対に渡すもんか。あたしたちは賭けに来たんだ」


「ほぅ。賭け、だと?」


「月虹だ。妹が紅魔から解放されるように。そうすれば、連邦政府が妹のことを消すこともない」


 とたんに湖畔は笑い声に溢れた。

 ディベルトも碧天を仰いで笑い声を上げていた。


「月虹などこの十数年間見たこともないわ! ヒースベルに伝わる弓矢の神はすっかり白状者になってしまったようだな。旧派に捕まれば消され、新派に捕まれば一族のものとなる。我々はどこまでも追っていくぞ、逃げ道などどこにもないのだ」


 ラナは唇を噛み締めている。

 なにも言い出せないのが、ユージンには苦痛だった。


「……ラナ」


「諦めてたまるか、ここまで来たんだ。──ユージン、やっぱり酷いことになっただろ」


 ユージンはラナが悲しそうな顔をするのを初めて見た。

 胸に針でも刺されたかのような痺れを覚え、ユージンの感覚から風の匂いが消えていった。

 研ぎ澄まされた神経でユージンはここで自分に出来ることを考えた。

 そして、ぐっと前を見据えた。


「……街に帰ったらさ、家に遊びに来なよ」


 早口でユージンはラナに告げた。


「は? こんなときになに言って──」


「弟妹たちがいてごちゃごちゃしてるけど、母さん料理上手いしさ」


「ちょっと、どうしたんだよあんた──」


「毎日大騒ぎの家だけど、きっと歓迎してくれるよ。三人で帰ろう──だから、やられるのはナシだ。絶対に。約束だ」


「あ……ああ」


 なにがなんだかよくわからないままラナは頷いた様子であった。


 理由があればなんとかなる……ユージンはそう自分に言い聞かせた。

 「一緒に来たことを後悔してるだろ?」などという言葉は、ラナの口から聞きたくなかったのだ。


 形勢は、不利に決まっていた。

 防弾ベストを着けていようが、アンサラーやデュランダルがあろうが、異国の拳銃と旧式の弓矢に一瞬にして穴だらけにされる予感しかしない。


 二〇人余りの山賊、新派の流れをくむ黒服の者たち、それにディベルトとマーハ。


 対するこちらは、ラナと一度しか実射を経験したことのないユージンである。

 ヘレナは力量的にも、体調的にも戦えるとは思えない。


「覚悟は決まったのか! 大人しく紅魔をこちらへ渡せば、命だけは助けてやるぞ!」


 拳銃を構えたまま動じないラナとユージンに痺れを切らした様子で、ディベルトが苛立ちを募らせ吠え立てる。


「ユージン、妹を背に盾になれ。あいつらにヘレナは殺せない。あたしたちがテントを離れない限り、ど真ん中は射抜けないはずだ」


 ラナはユージンに目配せをし、それから大きく息を吸い込んだ。


「決めたよ、たった今な。こちらから差し出すものはなにもない。妹も、あたしの命も、この男の命もだ!」


「娘一人と、引き連れた武器商人とで我々に立ち向かうとは実に愚かだ。しかし考えを改めぬというならば止むを得まい──さあ、行け! 碧魔の加護を受けし者たちよ! 我らが紅魔を取り戻すのだ!」


 ディベルトは、弓矢を掲げて怒りの号令を轟かせた。


「来るぞユージン! ヘレナ、なんでもいいからその辺にある荷物を固めて身を守れ!」


 ユージンは頷いてテントを背にデュランダルを構えた。

 テントの中で「うん」と言ったヘレナの声が震えて聞こえる。

 ユージンがランハ銃器店の店員だということも先方にはバレていた。

 アルガンから、ディベルトは聞かされたのだ。


 次の瞬間、斜め上方へ放たれた十もの矢が、大きな弧を描いてユージンたちへと襲い掛かってきた。

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