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俺が銃器店を抜け出した理由(ワケ)  作者: 榛原ユリト
第四章 星の辿る道
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月光の下、草むらにて

 あたり一面が、影のような景色に囲まれている。

 山の中にいるはずなのにユージンには草木の匂いがひとつも感じられなかった。

 火薬と金属の臭いが脳の奥にまで沁み込み、深い呼吸をいくら繰り返しても追い払うことが出来ない。


(最悪に感覚が……おかしい──俺)


 逃げ出すときに山賊らが口々に悲痛な叫び声を上げていた。

 親方がやられた、と。


(死んだんだろうか)


 彼らの長らしき人物──あのひとりだけ異なる雰囲気を漂わせていた、痩せこけた射手。


 自分が的を外すわけがない。

 動体射撃では、これまでも何度も街の人たちを驚かせてきたのだ。


 今さらながら震えがやってきて、ユージンはそれ以上立っていられなくなった。

 暗闇の中で樹の幹に倒れるままに体を預け、ズルズルと座り込む。


 どれほどの時間そうしていただろうか。


 急にどんっと肩を揺さぶられ、腕を掴まれていた。

 ぞっとして顔を上げると、そこには懐中電灯を下げたラナの険しい顔があってユージンを見下ろしていた。


「こんなところにいたか。返事ぐらいしろ、何度名前を呼んだと思ってる」


 虚ろなままユージンは頷いた。

 ラナのため息が降りかかる。


「かすり傷だが、ヘレナが矢を受けた。場所を移してテントを立てるのを手伝ってくれないか。ヘレナのバックパックが見当たらないんだ──きっとあいつらに取られたんだな」


 火薬と金属の臭いと、止まらない震えに霞む頭で、ユージンはもう一度声もなく頷いた。






 黙っているとまだ指先が小刻みに震えてくる。


 だからユージンはそこら中にある草をブチ、ブチ、と千切っては無意味に放り投げることを延々と続けていた。


 鈴虫が方々で美しい音色を奏でている。

 山賊の眼を忍ぶためにユージンたちは明かりを灯すのを控えていた。

 見上げると、昼間ユージンがシュクラ姉妹に話して聞かせた通りの満ちゆく月が周りを囲う木々の葉の間から覗いており、清い光が下草へ薄っすらと影を落としている。


 やや視線をずらせば、姉妹の持ち物であるテントが地に張りついている位置が、闇に慣れた目で確認することが出来た。


 ユージンがこうして見張りを買って出たのは、ひとりになりたかったからである。

 指の震えを止めるには、ただひたすら待つしかない。

 止まれ、と念じたところで思い通りに制御出来るようなものではなかった。


 ユージンの目は確かに姉妹のテントやその周辺へ向けられている。

 見張りなのでラナから預かった拳銃も手元にある。

 けれど意識はそこにあるとはいいがたかった。


 カサ……


 だから人の気配が近づいてきたことに、ギリギリになっても気がつけなかったのだ。


「ヘレナはよく眠ってる。ホラ、なんでもいいから少しは食え」


 すぐ傍で聞こえた声に、ユージンは心臓が止まるかと思った。

 見張りとしては失格かもしれない。

 声のした方へ顔を向けるとラナの小柄な影が立っていて、今の今まで草を放り投げていたユージンの手元はぐりぐりと押しつけられた袋らしきもので塞がれていた。


「──なに?」


「硬パンとサラミ。あんたが買ってきたやつだ」


 思いやりと呼べそうな行動をするときも、思いやりのなさそうな声で話すラナであった。


「いいよ。どうせ、味もしない」


 表現の乏しいラナの声に、ユージンも色をつけ忘れたような呆けた声で答えていた。

 もしかしたら初めて、素のままの自分で彼女に返した言葉かもしれなかった。


 ラナは、ふんと言って袋を引っ込める。

 それから言葉もなくテントへ戻っていくのかと思いきや、ユージンから半メートルほど離れた隣にトンッと腰を下ろしたから驚いた。


「繊細ぶる野郎はクソだ」


 ズギュンっとまるでマグナム弾でも打ち込むようにラナは容赦がない。

 けれど月明かりの下、彼女と二人きりでいるわりにはその後の沈黙が妙に柔らかかった。

 それがなんだか不自然というか、つかみ所がなくて落ち着かない。


「じゃあ笑えば? 強い火薬の臭いを嗅いだり銃を弄繰り回しすぎた後には、たいてい味覚がおかしくなるんだ。小さい頃からそうだった」


 ユージンは当てつけるように自分の不完全箇所を突きつけた。

 相手がラナとはいえ、そうすれば少しはこちらの最悪な精神状態を汲んでくれるだろうと思ったのだ。


 だが考えが甘かった。


 ラナはそんなことはお構いナシだとでも言わんばかりに、クククと笑ってくれたのだ。


「銃器店の息子が。変なもんだな」


 彼女は底抜けな器の持ち主なのか、薬莢ほどの狭量なのかどちらとも判断をつけかねる。

 別なシチュエーションであれば、腹を抱えて大笑いされていたかもしれないのだ。


「この辺りに住む人間にとっては、ジュピトル山に弓持ちの山賊が棲みついていることなど常識なんじゃないのか」


 カサカサいう音にチラリと目をやると、ラナが薄切りのサラミをぺろりと舌の上に乗せるのが薄闇の中でシルエットになって見えた。


「そうだよ、眠る前に親が繰り返し話してくれる昔話。何度も聞かされて育つから、パースタウンの人たちは山を越えようなんて考えない。好奇心の強い誰かが度胸試しで封鎖門の前に立ってみても、山を見上げるだけで恐れをなし立ち去るのが関の山だ。だから街にも噂話しか流れないんだ」


「だとすれば、あんたはあの街きっての謀反者で常識外人物ってわけだ。そんな男にはとても見えないが」


 ラナはもう一度笑い声を上げる。

 鈴虫の音色に紛らせ、ユージンは聞かなかったことにした。


「あんたが撃ち倒した『親方』と呼ばれていた魔牙人まがびとが、おそらくここの賊長だ」


 笑い声を収め、ラナは言った。


「魔牙人?」


 ユージンは訊き返す。

 耳慣れぬ言葉だった。


「あらゆる魔と呼ばれるものの牙から生まれたといわれる者たちのことだ。たいていは持ち主の分身として存在する。魂は別のところにあるのだから、銃で撃ったところで殺すことなど出来ない。せっかく殺したと思ったのに、残念だったな」


 ラナはなんの感慨も持たせず、すんなりとそんなことを口にする。


 魔の牙から生じた分身。


 不気味な存在を迷いもなく話す彼女は、先程とは打って変わり、天に散らばる星々を静かに仰いでいた。

 魂は別のところにあるなどという、そんな現実離れした話。


「俺を慰めるつもりで言ってるならさ──」


「なんであたしがあんたを慰めなきゃならない」


「だって魔牙人なんて」


「稀だ、あたしの国でも。人里へ下りて来るような輩じゃない」


 ラナは真剣に肯定する。


「平らな的ではなく、人の形をしたものを撃つのがそんなに怖かったか」


 沈黙を絶句と受け取ったらしく、やがてラナが静かに振り向いた。


「ヒースベルは平和だな。あたしが生まれたバルトルでは、どこにいても三日のうち二度は近所で銃声が轟いていた」


 ユージンは今度こそ言葉を失ってしまった。

 新聞やニュースで伝え聞く隣国の実情は、どれも彼女にとって日常であったものだ。


「あたしらの親は傭兵だった、父親も母親も。二人とも結局はそれで命を落としたが、あたしも十六の時から傭兵をしていた。そういう生き方しか知らなかったしな」


 ユージンは頷き、ラナが続きを語るのを待った。

 少なからず彼女の言いたいことはわかる。

 ラナは影になって見えるテントのある方へ顔を向けた。


「ヘレナが生まれる前、父と母はあたしを人に預けてカバナハ族を撃退する仕事へ出掛けた。双頭の魔獣を崇める彼らは昔からとても強暴だった。二つの首にそれぞれ紅魔、碧魔と呼び名がついた魔獣からなんらかの形で力を得ていると言う者もいたほどだ」


「カバナハ族──聞いたことがないな」


「そうだろう。そもそもがバルトルの山奥に棲んでいた人々なんだ。魔獣を引き連れて街に住むのはいくらバルトルといえど不可能だ。彼らはバルトルでも『魔と繋がりを持つ者たち』として恐れられていたんだ」


 夜闇が深みを増していた。

 月がラナの肌を淡く照らしている。


「彼らは山道へ降りてきては、そこを通る人や荷車を襲った。それで父や母は他の傭兵仲間数人とともに、当時最も襲撃の多かった土地の大地主に雇われたんだ。父は仲間の内ではリーダーのような存在だった。母も女ながら、弱々しいところは露ほども見せない勇ましい女戦士だったという。気丈で、多少の無茶は平気でやってのけ、報酬が高額な仕事や宝石にも目がなかった。やがて父を中心とした傭兵団はカバナハ族の撃退に成功をした。カバナハ族は長年居ついた山奥の棲みかを離れ、いずこへと姿を消したんだ。ところが悪いことに、双頭の魔獣はそれぞれ秘宝を守っていた──紅魔は『暁の眼』という宝玉、碧魔は『宵の眼』という宝玉。激しい戦闘の中で母は、父の目の届かない場所で決して触れてはならぬものに手を出してしまっていたんだよ。それが『暁の眼』と呼ばれる紅の宝玉だった。街へ帰ってきた後、どうなったと思う?」


「さあ……『暁の眼』を売って莫大な金を得た、とか?」


「まさか」


 ラナは哀しげに声を上げた。

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