ランハ銃器店は大忙し
チリ……ン
数分に一度は鳴り声を上げる店のドアベルの音。
「いらっしゃい」
ユージンはダブルカラム式の真新しいマガジンを箱から出しながら、カウンターから顔だけを覗かせて言った。
毎年のこととはいえ、今朝は開店早々この調子だ。
さすが射撃祭前日である。競技の参加者たちは準備に余念がない。
「競技用の弾をくれ。六〇だ」
「ただいま」
「店員、7Cのストックを見せてもらいたいんだが」
「はい、ただいま」
右方から呼ばれたかと思えば、左方から呼ばれる。
小さな店だというのに、二〇人も一度に詰め掛けられてはユージンもてんてこ舞いでいた。
パースタウンにある他の二店舗の銃器店も、似たり寄ったりのパニック状態に違いない。
東部地方、週末の天気は晴れ。
今日も雲ひとつない晴天となるでしょう、とラジオのニュースが伝えるのを今朝ユージンは聞いていた。
野外の特設練習場もさぞかし賑わっていることだろう。
(ったく、こんなときに親父ときたらなにやってるんだか)
開店時には店頭に出ていた父親のジルであったが、一度奥へ引っ込んだきり戻ってこないのである。
裏の倉庫へと続くドアを何度恨めしく振り返っても、一向に開く気配はない。
もしかして棟続きの家の方へ行ってしまったのかもしれない。
ユージンは額の汗を拭った。
チリ……ン
「弾が欲しい、九ミリの競技用だ」
「いらっしゃい、ただいま」
息をつく間もない。大柄や巨漢揃いの射手らがカウンターの向こうを壁のように塞ぎ、あれだこれだと注文をつけてくれる。
シャツの袖を捲っても、ユージンは熱気に頭がくらくらしていた。
加えて、大声と普段以上に店内に濃く充満する火薬や金属の臭い。
「大盛況だな」
振り返ると太った髭面がにやにやとそこにあった。
「ええ、おかげさまで。すみません、ろくに応対もせずに」
ユージンは内心ひやりとしながら、取り急ぎその中年男に商売用の微笑みを返した。
ランハ銃器店の馴染み客で父親のジルも来店時には慎重に対応する富豪である。
「らしいじゃないか。射撃祭の直前はこうでなけりゃな」
髭面の富豪はわっはっはと豪快に笑った。
「父もそろそろ店に出てくるはずなんですが。すぐに呼んできますね」
ユージンは別の客に頼まれた品を手早く紙袋に詰め込みながら言った。
「いやいいんだ、ジルも忙しいだろう。SS‐66の整備を頼みたいんだ」
「例のグラムですね、どうです使い心地は」
「安全装置をつけて多少はよくなったがな。身の安全には代えられない」
ということは、やはり使いづらいということか。
ユージンは苦笑いして、別の客に紙袋を渡し金を受け取った。
グラムSS‐66という拳銃はとても扱いづらい。
部品を極力減らしたシングルアクション銃でなかなか手に入らないものだが、装填する弾によっては竜の鱗をも突き破る『ドラゴンスレイヤー』になり得るとさえいわれている。
部品を減らした分当然無骨にもなるし、北方圏で造られた拳銃だからグリップも大きめに作られていて、この辺りの人間にはとにかく握りづらくて仕方がない。
「お預かりいたします。出来るだけ早く仕上げて、ご連絡しますので」
客をひとり送り出し、ユージンは富豪の男に応じた。
「ああ、そうしてくれ。ジルによろしくな、よい射撃祭を」
金の指輪が邪魔くさそうに幾つも嵌められた太い指で、富豪の男はユージンにグラムを預けると店を出て行った。
(やれやれ)
昼前になっても、店の中は相変わらずの混雑振りであった。
ドアベルの音も、客がやってきた音なのか、それとも出て行った音なのか、どちらかわからなくなり始めている。
チリンッ
「いらっしゃい」
すでにほとんど当てずっぽうである。
ユージンはドアベルに応じて、来客たちの話し声に負けじと声を張り上げた。
これが今日一日続くのだ。競技参加者たちは祭りの前日に準備を済ませておくのが常である。
祭り当日の方が、よっぽど落ち着いて商売に精を出せるというものだ。
ユージンは客に言われた通り競技用の弾を揃えて料金を受け取っていた。
その時である。
店内に膨張していた話し声が急に小さくなった。
入り口付近から射手たちの熱気が溶けるように冷めていき、それが静かに伝染してやがてカウンター近くまでやってくる。
とうとう誰しもが口を閉じたり、ぽかんとしたりして話し声が一切途絶えた中で、ユージンも一緒になって顔を上げていた。
時と場につり合わない静寂が店内に滑り込んできたのだ。
目の端には、事態の根源である一組の客らがぼそっと立っていた。
「それはグラムか」
小柄な方の客が、唸るようにそう言った。
ユージンにはその姿に見覚えがあった。
暗い紅色の外套。
こんな晴れの日だというのに、両人ともやはりフードを目深に被っていた。
昨日、使いの途中に表参道でぶつかったあの二人組みだったのである。
小柄な客の視線が、ユージンの後方に置かれたさっきのグラムに突き刺さっている。
そのことは、フードを被っていようがはっきりとわかった。
「ええ、SS‐66ですが。でもこれはお客様からの預かりものなので」
ユージンはその風変わりな客に不信感を覚えながら説明した。
これだけの人数が店内で押し合っているというのに、ほとんど無音の中で自分たちのやり取りの声ばかりが浮く。
「なるほど。ここで売っているのか」
「いいえ、お取り寄せになります。二週間以上掛かる上に、かなり高価な品になりますが」
「……そうか」
小柄な客は、半ば気落ちした様子でやっと注意をグラムから逸らした。
(いったいなんなんだ)
ユージンはこの二人組に苦手意識を抱いた。
相手の方は、ここの店員が昨日あの通りでぶつかった青年だということに気づいていないらしい。
ひょろっと背の高い方の客は、昨日と同じく一言も発することなくそこに佇んでいる。
「順番を守るのがルールってもんだぜ、坊主。そんなこともわからねえ頭で明日の競技に出ようってんじゃねえだろうな?」
不穏な空気が垂れ込める中で、入り口付近から客の声が飛んできた。
それが引き金となり、そうだそうだと店内が張り裂けんばかりに騒がしくなる。
競技に出る射手たちが礼儀に厳しいところがあるのは承知であるが、大勢が集まったこの場ではそれが逆にユージンを困らせた。
だからユージンは、背後でドアが開いたことにも気づけなかった。
「なんの騒ぎだ、ジーン」
すぐ横に父親の顔があり、ユージンは飛び上がりそうになった。
「順番を守らない客がいてみんな怒ってるんだよ。今までなにやってたのさ?」
押し殺した悲鳴をぶつけ、ユージンはジルの耳元へ囁いていた。
「便所の調子が悪いんだ、それでちょっと直してたんだ」
「父さんは銃器屋だろ! 便所の故障は便所の修理屋を呼べよ!」
ユージンの頭に血が上り、いっぺんに気が遠くなる。
「呼んであるんだ。俺が出来るのは応急処置だけさ。母さんも子供らもピーピー喚くんだ、仕方なかったんだよ。こっちを任せきりにして悪かったな」
ジルに肩を竦められ、ユージンはなにも言えなくなった。
困った顔の義母と、血の繋がっていない四人の小さな弟や妹たちが大騒ぎしている様が目に映る。
「お待たせして申し訳ありません。わたしの方で順にお伺いいたしますので、みなさんお並びいただけますか」
ジルの声はユージンの細い声よりもずっとよく店内に通った。
銃器店の主の参上に客たちはぶうぶう言いながらもたちまち静まり返り、あっという間に元通りの騒がしさに戻っていく。
フードを被った二人組みは依然としてカウンター脇に立っていて、最後尾へ回る気は一向にないらしい。
ユージンはため息をひとつつくと、ジルの背を突いた。
「騒ぎの元を相手してくるよ」