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俺が銃器店を抜け出した理由(ワケ)  作者: 榛原ユリト
第三章 差出人のない手紙
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うっかりエリカ嬢のどつぼにはまる

「電話はしたのか」


「必ず取りに来るからっていうので、控えられなかったんだ」


「言っただろ? こういうことがあるから連絡先は必ず訊いておくものだ」


「……うん。そうだね」


 返事はしたが、あの日店を訪れたラナが宿泊先の電話番号を教えてくれるはずもなかった。

 もっとも、訊いたところでその連絡先も当てにならないものになってしまったのだ。


「ねぇ、父さん。例えば……例えばなんだけど、レイクバレイに通じる道って今でもあるの?」


 残りの入荷伝票を片付けながら、ユージンは尋ねた。


 突拍子もない質問だということは承知であった。

 案の定、毛叩きを手に自動小銃の埃を払っていたジルがきょとんと振り返っていた。


「なんだ、レイにでも聞かれたか? まだ小さいくせに人一倍知りたがりだからなぁ」


 期待するような回答を簡単に得られるわけがなかった。

 ジルは末の愛息子の幼顔を思い浮かべたらしく、にんまりと口元を緩める。


「そうじゃないよ。ただふと、山賊に注意さえすれば行けるっていうなら、行けないこともないんじゃないかなと思って」


「馬鹿を言うんじゃない。行けるならとっくに山賊を成敗して、絶好のドライブコースになってるさ。そうじゃないから今でもジュピトル山には誰も近づこうとしないんだろう。あそこに巣食う山賊は黒いものと通じているともいうしな」


「黒いもの──ああ、竜魔ってこと」


 神妙な顔つきで頷き、ジルは再び埃を払う作業に戻った。


「俺もおまえのばあさんからレイクバレイの神話を聞いて育った。地図で見ても小さな湖がひとつあるだけで、原野同然の場所だと言われているからな。むしろここいらに住む者こそが、誰よりも近寄り難く思っているだろう」


 ユージンもシュクラ姉妹に会う前はジュピトル山の越え方など考えもしなかった。

 今年の射撃祭が終わって初めて抱いた疑問なのである。


「アロケイデ神に願掛けでもしたいのか?」


 仕様もなさそうに笑いながら、ジルは言った。


「そんなところかな」


 ユージンも虚しくなって適当に微笑み返した。

 父親に訊いてみても、まともに受けてもらえないことがわかったからだ。


「あんなもんは迷信さ。まぁ、神話の傍に暮らすというのも悪い話ではないよな。おかげで射撃祭には毎年人が集まるし、この店も繁盛するってわけだ。──ところで、整備の終わったオートマチックをマーシさんのところへ届けてくれないか、ジーン」


 ユージンはギョッとして自分の耳を疑ってしまった。

 本日未処理の伝票は二枚ある。

 防弾ベストの納品書の後ろ側に下がっている伝票が、それであった。


「たまには自分で届けたら? 自分で預かってきた銃なんだから」


 ユージンがギョッとしたのには、深刻な理由があった。

 マーシ氏のお宅はグウィネル邸の隣で、グウィネル氏の一人娘があのエリカ嬢であるからだ。

 エリカ嬢のことが、ユージンはどうも得意ではない。


「腰が痛いから、今日はあまり運転したくないんだよ。六時以降の約束なんだ」


 ジルは大げさに一〇も老けたかのような声で言い、やれやれとため息まで吐いて見せた。


「わかったよ。じゃあこれを終わらせたら行って来る。何時までに届けるって約束じゃないんだよね?」


 手元の在庫表を振り上げてユージンは答えた。

 倉庫の箱を無駄に開けてしまった手前、不器用な演技紛いのことまでして訴える父親のためにひと肌くらい脱いでやろう。


「まあそうだが。在庫表は置いてけ。その調子だと店締めの時間になってしまうぞ」


 ジルは歯車がむき出しの古い壁掛け時計を見る。

 ユージンもつられて目をやった。

 六時一〇分。店締めの時間が迫っている。


「いいよ。店を締めた後で行くから」


 閉店ギリギリに、もしかしたらシュクラ姉妹が駆け込んで来るかもしれない。


 彼女たちの応対を自分でしなければ、ひどく後悔してしまう気がしていた。

 防弾ベストを手渡してしまえば、姉妹がこの銃器店を訪れることは二度とないのだ。


 もう一度店で再会したところで、ユージンにはせいぜい射撃の腕も高いアルガンなる男がこの辺りをうろついていると忠告してやれるくらいなのだが。


 けれど、ユージンの願いは届かなかった。


「行って来るよ。母さんには夕飯に遅れてゴメンって言っといて」


 閉店の時間になっても、姉妹はついに現れなかった。

 伸ばし伸ばしにして終わらせた伝票整理から離れ、ユージンは自動小銃を収めたチタンケースと伝票を手に取った。


「ああ、悪いな。頼んだぞ」


 父親に手を振り返し、ユージンは店を出て夕刻の涼風を吸い込んだ。


 釈然としない思いを必死で飲み込んでいるせいか、喉の奥に慣れないものが痞えている。


 姉妹のことが心配だった。

 彼女たちのことを、なんだかんだいってユージンは憎めずにいるらしい。

 そのことに気づいたのは自分でも驚きであった。


 ガレージへと回り、赤い小型四駆へ乗り込んでキーを回す。

 エンジンが低い唸り声を上げて、心地よい振動がユージンの体へ伝わった。


『魔』を宿した妹にも、妹を守る姉にも頼り手はない。

 彼女たちのために拳銃を選び防弾ベストを取り寄せてやったユージンでさえ、その一端にはなれなかったのだ。


 マーシ氏の家はパースタウンのイーストサイドと呼ばれる閑静な住宅街にある。


 預かっていた自動小銃を手っ取り早くマーシ氏の手に返し、伝票にサインをもらってユージンはそそくさと車に戻ることにした。

 だが。


「あら、ジーン!」


 足早に運転席へ乗り込もうとした瞬間、向こうから聞き覚えのある声がした。


(ヤバい、見つかった……)


 なぜここへ来たのがバレたのかが謎である。

 悟られないように小さく息を吐き、疑いようもない相手の姿を意を決して確かめる。


「こんばんは、エリカさん。射撃祭のときはどうも」


 そういえば差し入れのジュースを配ってくれた礼をしていなかったことを思い出し、ユージンはなんとか言葉を繋げた。


「いいのよ、少しでもお役に立てたのなら。ジーンの車らしいエンジン音がしたので、もしかしたらと思ったの。やっぱりそうだったのね」


 即座に気づかれた理由はなんとも単純であった。


 エリカ嬢の本日のお召し物は、胸元が大きく開いた鶯色のチュニックだ。

 それにスパッツといったラフな格好でも、豊満な胸が強調されているのでユージンはどこに目線を置けばいいのかわからなくなってしまった。


「今日はお仕事で?」


 うっとりと夢見心地な仕草でエリカ嬢は尋ねてくる。


「ええ、お隣さんにちょっと。こんな時間におつかいでも?」


「そうなの、ポストまで郵便を出しに」


 いい加減なことを言って逃げ出すつもりが当たってしまった。

 こんな時間に投函しても、郵便局の職員が集荷しに来るのは明日の朝だろうとユージンは思ったが、口には出さなかった。


「もう陽が暮れるよ。風も出てきてるし、そんな格好じゃ」


「送ってくださるの?」


「えっ? いや、でも──まあ……うん、いいよ」


 どつぼである。


「まぁ嬉しいわ、ジーン。本当にあなたって親切な人よね」


 成り行きで、ユージンはエリカ嬢を助手席へ乗せることになってしまった。

 ポストといっても数百メートル先である。

 交通違反で捕まらない程度に飛ばして、さっさとそこまで送り届けてしまおうと、ユージンは即座に決めていた。

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