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俺が銃器店を抜け出した理由(ワケ)  作者: 榛原ユリト
第三章 差出人のない手紙
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約束の日にハプニング?

 射撃祭の過ぎた後というのは、普段通りの行いがいかに平穏であるかをつくづく思い知らされる。

 祭のために街へ詰め掛けていた競技参加者も見物客も一挙に去り、パースタウンの通りや宿はどこもスカスカだ。


(なんか、こう……平和だな)


 客が去った後の店内。

 ユージンはひとり、カウンターの内側で商品の入荷伝票を整理するという単調でつまらない作業に戻りかけながら、ふとその手を止めた。


 今朝から何度目になるだろう。壁に掛けてあるカレンダーへ、つい視線が向いてしまう。


 金曜日。いくら疑っても、確かめても。やはり今日は金曜日である。


 小さくため息が出た。

 その日のうちにさばくことになっている品物の伝票は、リングに通して目の前のコルクボードに提げるのが父親と示し合わせた決まり事である。


 さばき終えたものは納品伝票の控えだけを提げる。

 その枚数は多いはずがなかった。

 射撃祭も終わり、街全体にどこか緩くて平和な空気が漂う時期だ。

 注文や配達の数がそれをはっきりと物語っている。


 本日未納品の伝票は残り二通──一番上になっているのは、すなわち防弾ベストの納品伝票であった。

 セラミックプレート入りで、普段はランハ銃器店に揃えがない品物のものである。


 未納品の伝票を見てもまた、ため息が出た。

 壁にある古い時計の針は、午後五時四〇分近くをさしている。

 ランハ銃器店の営業は六時三〇分までなのだ。


(本当に取りに来るのかな)


 けれど、暗い紅色の外套を着たあの姉妹は一向に現われる様子がない。


 ユージンが姉の方に対し、怒りの起爆スイッチを押すようなことを繰り返してしまったおかげで、名前だけは知ることが出来た。


 姉はラナ、妹はヘレナ。

 隣国、バルトル共和国連邦から越境してやって来た姉妹は、出会うたびにユージンに強烈な印象を残して去って行く。

 ユージンはいつもぽかんと立ち尽くし、呼び止めることも出来ずに彼女たちの後姿を見送ってばかりいる始末である。


(セラミックプレート入りはあまり売れないんだからな。残しておかれてもこっちが困るんだ)


 ユージンは再び手元の入荷伝票と在庫表とを照合し、ペンでチェックを入れ始めた。


 その時、ドアベルがカランと揺れ、店の扉が開いた。やっと来たのか。


「いらっしゃいませ」


 顔を上げる。

 けれど一瞬にして、期待も刹那に湧き上がった許しの感情も潰されていた。


 床板に重そうなブーツを鳴り響かせて入ってきたのは、小柄な姿でも華奢な姿でもない。


 サングラスを掛けた大柄な男がひとり。

 射撃祭からまだ数日しか経っていないし、際立って無表情を貫いていた客だったから名前も忘れてはいない。

 アルガンであった。


(この人……確か表彰式に現れなかったって──)


 思いもしなかった客がやってきたことで、ユージンは一瞬出遅れてしまった。

 見掛けない顔だったので、てっきり他の多くの参加者と同じくすでに街にはいないものだと思っていたのだが。

 まだこの街にいたのだ。


 アルガンは軽く店内を物色し、カウンター側へとやってくる。


「パラベラム弾をくれ。九ミリを一二〇だ」


 ガラスケースのおよそ一メートル手前に機械人間のようにピタリと足を止め、アルガンはあの時と同じ冷たい無表情で言った。


「あ……っはい、ただいま」


 顔は知っているが声を聞くのは初めてである。

 巨躯に符合した彼の声には、いち銃器店の店員を瞬時に怯ませるだけの迫力と威圧感があった。

 それに舌の先に軽い訛りがあった。


 ユージンは入荷伝票とペンを置き、まるで脅迫でも受けた心地で銃弾を収めた棚へと急いだ。

 九ミリパラベラム弾──であれば、使用銃器は自動式拳銃か短機関銃か。


 一二〇という数にもユージンは疑問を抱いた。

 一般人が護身用の拳銃に使うには多すぎる数字なのだ。


(まさかな)


 その銃弾の置き場所なら、ユージンには目を瞑ってでも当てられた。

 だがその手は知らぬうちに躊躇っていた。


 いくら頭から拭おうとしても、深夜の逃走劇が鮮明に張り付いたままなのである。


「少々お待ちいただけますか、店頭に切らしていましたので──すぐに在庫を見てきます」


 プライドも評判も、ユージンはひっくるめて全て後回しにした。

 銃器店ならば恥ずかしい九ミリパラベラム弾の欠品という嘘も、この状況にあっては平気でつけると思った。


 裏手の倉庫へ引っ込むと、開けっ放しのドアからはやはり動じないアルガンの飄々とした姿が見えている。

 おそらく射撃祭の決勝戦で銃弾をぶち込んだときも、表情をひとつも変えなかったに違いない。


(このまま欠品を言い通したら──いや、それならば別の弾をくれと言われてしまうだろうか)


 それどころか、懐から銃を引き抜かれでもしたら──。


 しかし、ユージンの憶測以前にパースタウンには他に二つの銃器店があるのだ。

 ここで買えなかったとしても、アルガンは他の店で手に入れてしまうだろう。


 それよりもこの場にラナとヘレナが現れる方がよっぽど冷や汗ものだということに気がついて、ユージンはゴクリと生唾を飲んだ。

 閉店まであと三〇分と少しなのである。


(ウチへ来たのは、射撃祭で競技用の弾を届けさせた店だからだろうか。それとも、真夜中の事があってバルトルの政府関係の人たちが周辺を探ってる……もちろんそうじゃないことを願うけど、でも)


 アルガンがバルトル連邦政府と通じているという確信もないが、通じていないという確信もない。

 もし通じているならば、射撃祭に競技参加者として現われたのはやはり下調べのためということになるだろうか。

 となれば、賞の授与を放棄したのも……。


 ユージンは慌てて箱を開いて、中から銃弾を取り出した。

 店頭へ戻るのにも、思わず駆け足になる。


「お待たせいたしました。すみません、すぐに包みますから。二十四リダになります」


 袋に詰める間中、ユージンは一心に祈らずにはいられなかった。


(ラナ、ヘレナ。今だけは来ない方がいい、絶対)


 無言でアルガンは代金を寄越した。

 張り詰めた空気の中で行われる金と銃弾の受け渡し。


「ありがとうございました」


 やはりこの度も無駄話を挟む隙はひとつもなかった。

 むしろなにか尋ねてしまったら、逆に足元を見られそうな気さえした。

 どこから来たのか、何者なのかを探る間もなく、アルガンは踝を返して、来たときと同じく静かに扉から出て行った。


 カラン


 乾いた音を確かめ、ユージンは大きく息を吐いた。


(またこうやって余計な体力を使ってるんだよな)


 勝手に心配して、無駄なお節介を焼いて。


 ラナに言わせればそういうことだろう。

 赤の他人なのに、と。

 魔を宿しているとはいえ、姉よりもずっと性格のよさそうなヘレナならばもう少し優しい物言いをしてくれるに違いない。

 意外と心の中では『かわいそう』などと思われてしまっているのかもしれないが。


 姉妹のことを思い出すだけで、ユージンはなんとも落ち着かなかった。


 居場所すら見当がつかない彼女たちである。


 あの日抜け出してきたという宿には戻れないだろう。

 注文した防弾ベストを受け取った後は、すぐにこの街を離れるとラナは言っていた。

 どこへ行くのかは、はっきりと言っていなかったはずだ。


 そんなことを考えていたら、家の方へ続くドアが急に開いた。


「なんだジーン、倉庫のドアが開けっ放しだぞ」


 ムッと口元を引き締めたジルが、やってくるなり倉庫へ入って行き大声を上げる。


「おい、パラベラムの九ミリならそっちの棚に移したばかりだろう」


「あっ……そ、そうだっけ」


 ガラスケースに体を預けて脱力していたユージンは、飛び上がってすぐ父親に謝った。


 ジルは在庫に大変厳しい人だ。

 ジルに見つかる前に、店頭にあるのを詰め込んでなんとか誤魔化そうとしていたのだが、考え事をしていたせいであっさりと見つかってしまった。


「いい加減に祭りボケから覚めてくれなけりゃ困るぞ。そのうち連休でもやるから、仕事にはしっかり気を引き締めて取り掛かれよ。何度も言うが、商売は集中力だ」


「はい、父さん。気をつけるよ」


 ジルの言う通りだと、ユージンも思った。

 商売は集中力だ。

 カウンター越しの駆け引きは集中力なくして成功しない。

 客との世間話も、緊張感を解いてしまえば単に自分本位のつまらない話になってしまう。

 銃を整備するにも、整備後の試し撃ちをするにも、格別の集中力が必要なのだ。


「わかったならよろしい。さあ、そろそろ店締めだな──」


 ジルはコルクボードの前まで来て、ピタリと足を止めた。


「まだ取りに来ないのか」


 ジルは未納品の伝票を手にとって眺めている。


「うん、今日の約束なんだけど」


 覗いてみなくても、ユージンにはそれがなんの伝票かがわかった。

 待つのにもほとほと疲れてきた例のアレである。

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