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俺が銃器店を抜け出した理由(ワケ)  作者: 榛原ユリト
第二章 眠れない夜の神話
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神話

「連邦政府のくそ野郎どもは、魔は国にとっての危険要素だと言う。得体の知れない危険要素は排除する──そういうことさ」


「じゃあ、君たちを追い回していたのはバルトルの連邦政府と繋がっている人たちってことか」


 それならば、ヒースベルの警察を避けたいというのもわかる。

 事の次第を調べられれば、すぐにバルトルの保安庁に引き渡されてしまうに決まっているからだ。


「話し合いをして待ってもらえないのか? その、魔というやつから解放されるのを」


 ユージンはなるべく話を合わせた。

 こんな小さな玄関先で、秘められた神がかり的な力をヘレナに発揮されても困るのだ。


「解放できる保証もない。以前、ヘレナの魔を封じた呪い師を訪ねたが棲家はもぬけの殻だった。他を当たってみたが金ばかり取る胡散臭い輩ばかりで話にならない。バルトルの政府はあたしたちをいつまでも取り押さえられないことで腸が煮えくり返ってるんだ」


 ラナは唇を噛んだ。

 姉妹は真剣だ。

 バルトルの政府さえ恐怖する魔というものの正体を、彼女たちは容易く語ろうとはしない。

 伝承の中で語られてきた魔のことを、ユージンは誰もが想像するだろう型通りの姿絵に委ねるしかなかった。


「父も死んで、こいつを守ってやれるのはもうあたししかいない」


「それでもなにか当てはあるんだろ?」


 興奮状態のラナに迫られ、ユージンには逃げ場がない。

 けれどここへ来てラナは黙り込んでしまった。

 重い沈黙が続き、やがて姉の方が瞼を伏せる。


「賭けなんだ。……もう、ヘレナを救うにはそれしか方法がない」


「お姉ちゃん?」


 いつの間にかヘレナが姉の傍に立ち、そっと肩を揺すっていた。


「いきなりなんでもかんでも押し付けたって、ユージンさんだって困っちゃうよ。たぶん話、半分も通じてないと思うよ」


「おいヘレナ、おまえのために言ってんだぞ。この男が警察だなんだって言うから、あたしは──」


「だって通報するのが普通だもん。ね、そうでしょ」


 ヘレナの穏やかな囁き声に、ラナもやや自制心を取り戻したようだった。


 ユージンは救われた心地で息をついた。

 真の意味で理解したとは言い難いかもしれないが、別に話が半分もわからなかったわけではない。

 いきなり詰め込みすぎて、考えが交錯しているだけである。


 その時、廊下の奥でカタリと物音がした。


「ゆーにいちゃん……?」


 ギクリとしてユージンが振り返ると、階段を照らす電灯の下に幼い次女のイリアが立っていた。

 ピンク色のリボンがついたパジャマ姿で、フラフラと寝ぼけ眼をこすっている。


 ユージンはイリアの視界を遮るため、咄嗟に歩み寄って傍に屈み込んだ。


「……まだお仕事?」


「いいや、もう寝るところだよ」


 安心させるために、ユージンは小さなイリアの頭を撫でた。


「……ふーん。でもあそこにおいてあるよ、りぼるば」


 寝起きの不機嫌さでイリアはもごもごと文句を言う。

 こんな幼いうちから片言ながら銃のことがわかるのは、銃器店の子供に生まれた宿命である。

 妹を安心させるために、ユージンは小さな嘘をついた。


「弾は入ってないよ。どうした、トイレか?」


「……うん」


「行くぞ、ホラついていってやるから」


 やっと目が開き、あっちへこっちへおぼつかない足取りで歩き出すイリアについていこうとしたとき、今度は玄関の方でパタリと不吉な音がした。

 ジルが帰ってきたのかと思い、ユージンは血の気が引く思いで振り返ったがそこには誰もいなかった。


 シュクラ姉妹の姿もなかった。

 ただ常夜灯がほの暗く扉を照らしていた。


 取り返せないなにかがユージンの胃の底辺りにあってズシリと重い。


(大丈夫かな、あの二人)


 腹が立ったり、魔の恐れから震えが来る前にそんなことを考えてしまう自分は、ラナが言うように重症なお人よしなのかもしれない。


 外の様子が静かなところをみると、彼女たちにとっての追っ手──バルトルからやってきた連邦政府がらみの男たち──も、この辺りを探すのを諦めたのだろう。


「ゆーにいちゃん、もれちゃう」


「ああ、ゴメン」


 プゥーっと頬を膨らましたイリアが、両手を腰に当て廊下の真ん中で仁王立ちしている。


 ユージンはイリアを促し、急いでトイレへ連れて行った。

 小さな妹を待つ間、ユージンは廊下を戻りかえってリボルバーを拾い上げ、射出されることのなかった弾丸をひとつひとつ抜き取った。

 それから壁を背に寄り掛け、空っぽのリボルバーを手に引っ掛けたまま夜闇へ再び飛び出して行ったシュクラ姉妹へと思いを馳せた。


 脳裏に浮かび上がる彼女たちのイメージはなぜか気高い。


 丘があり、空があり、風があり。横顔の姉妹はここにいながら遥か遠くの景色を眺めている。

 翼のように大きく舞う外套は暗い紅色……。

 追われる身である彼女たちがそれほど自由であるはずもないのに、ユージンは自身を振り返っては軽い胸騒ぎを覚えた。


 なんだかんだ言い訳しても、結局は流れに反することなく、与えられた物に甘んじてぬるま湯に浸かりきった毎日である。

 『ユージン=ランハ』という確かな輪郭を自分自身でさえ見出せずにいるのはそのせいだ。


 イリアを連れて階段を上る間も、ユージンは心ここにあらずであった。


「なにかお話して、ゆーにいちゃん」


 イリアをベッドに入れて毛布を掛けてやっていると、飛び切りのおねだり目線と目が合った。

 それでやっとユージンは我に返った。


「寝つけないのか」


「うん、お話」


 壁の時計を見ると、すでに真夜中一時を過ぎている。

 ユージンの口を自然とため息がついた。

 キッチンの眠り草も引き続き放置したままである。

 もうなんとでもなれ、と半分自棄になった自分をイリアにぶつけたところでどうにもならない。


「なんの話がいい?」


「なんでもいい」


 それが一番困るのだと言っても、イリアはきかないのだ。


「そうだな、じゃあ──」


 ユージンは頭の中の少ない引き出しからイリアが好みそうな話を探した。


 そして、ふと思い出した。

 銃器店へやってきたとき、ラナが西へ行きたがっていたことを。

 もしかしたら、あの姉妹は本気でレイクバレイへ行こうとしているのではないだろうか──そう考えるといくつかのつじつまも合うのである。


 レイクバレイへの道を阻むジュピトル山には曰くがあり、神々を守る山賊や竜魔が棲んでいるといわれている。

 ユージンはそう説明して姉妹の足を止めさせたつもりであった。


 弓矢の神アロケイデに由来する山賊たちの縄張りを通り抜けようとするならば、精度のいい連射銃を欲しくなるだろうし、身を守るために防弾ベストも有効であろう。


「──昔、レイクバレイを囲うジュピトルという美しい名の山に、アロウという男が住んでいました……」


 ユージンは思うままにレイクバレイの昔話を話し始めた。


「ある日、アロウの恋人フロージアはあやまって毒の果実を飲み込んでしまい、帰らぬ身となってしまいました。途方にくれたアロウは、レイクバレイにある湖の岸に立ち『どうかフロージアを助けてください』とただ一心に祈りました──」


 ユージンの声に心地よく耳を傾けていたイリアの瞼が、さっそくフワリと重くなる。


「何日も何日も祈り続けたアロウがとうとう諦めかけたとき、夜空から光が射して湖面に月の影が映りました。不思議なことに、湖には白金色の弓のような美しい橋が架かっていました。それは月の光によって出来た月虹でした。そしてなんとその橋の上には、恋人のフロージアが立っていたのです。アロウは弓矢の神アロケイデが願いを聞き入れてくれのだと大喜びしました。そして──」


 話が終わる前にイリアはすっかり眠りの世界へ落ちていた。

 幸せそうな顔で眠るイリアを眺めていたはずのユージンの瞼も、いつしか重くなっていた。


(──二人は末永く仲良く暮らしました)


 最後の部分を声に出していたのかどうか、ユージンの記憶も眠気に飲み込まれ曖昧になっていった。


 気がついたときには、キャンディカラーのカーテンが朝日をキラキラと透かしていた。


 背中にはベビーピンクのフリルがついた布団が掛けられていて、目の前にはくまのぬいぐるみの巨大な鼻先が迫っている。

 見覚えのないようなあるような馴染めない違和感の中、所在を確かめるために部屋の中を見回していると、


「ゆーにいちゃん、遅刻だよ」


 イリアの声がしていきなり後ろからムギュウッと飛びつかれた。

 それで、ユージンの目も頭もいっぺんに覚めた。


「まずい、今日は祭の片づけなんだ!」


 傍に転がっていた空のリボルバーを拾い上げ慌てて立ち上がったが、フリルの飾りだらけの布団にたちまち足を取られて躓きそうになる。


 そんなユージンを、イリアはニカッと真っ白い歯を見せて悪戯っ子らしく笑いながら、愉快気に手を振り見送ってくれるのだった。

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