風変りな二人
五・五六ミリ口径ファルシオン。全長九九九ミリ。装弾数二〇。発射速度毎分九〇〇発。
ユージンが伺った古いアパートの玄関先に置かれた段ボール箱には、リアサイトはもちろん、バレルまではずされた状態のライフル銃が、ゴミ捨て場から拾い上げた瓦礫よろしく放り込まれていた。
狩猟用や競技用のライフルとは違い、使い込まれたものではない。
この辺りでよく見かける軍支給の銃であることは彼にもすぐにわかった。
なにがあってこんなことになっているのかは判りかねたが、無残な姿をさらけ出しているそれを見て、ユージンはすぐに「あぁ、これは」と言って頷いていた。
「わたしにはこういうのがさっぱりわからなくてねぇ」
すっかり腰の曲がってしまった銀髪の老婦人が、杖を頼りに困った顔でこちらを見上げている。
ユージンは段ボール箱を、よいっ、と持ち上げる時にさり気なく笑顔を挟んだ。
「とりあえず店に持ち帰って見てみます。ついでに整備もしておきますとお伝えください。息子さんが旅行から帰って来られる頃にはお返しできると思います」
「そうしてもらえると、とても助かるわ」
ヒースベルの政府は有事の際、成人した男子を中心に国民全体が兵隊に化ける体制を取り続けている。
そうして数十年以上も自らを守ってきた共和制の国だ。
このファルシオンも持ち主の徴兵期間にしかまともに使われたことのないものだろう。
見る限りは、バラバラにされているだけでそれほど問題があるとも思えない。
「ランハ銃器店の息子さんも本当に立派になってねぇ……それに比べてうちの息子はいい年だっていうのに結婚もせずにほっつき歩いてばかりで。あなたいくつになったの?」
「十八です」
「あら、孫と同い年ね。ベラードに住んでいるのよ」
「都会住まいなんて羨ましい限りです」
ヒースベル共和国の片隅にあるパースタウン表参道の一角、南中する前の陽が林立する建物を燦々と照らす時刻の出来事である。
「じゃあこれ、預かっていきますので」
「お願いするわ。──あぁ、ちょっと待ってちょうだい」
頃合を見計らってドアを出て行こうとしたユージンであったが、老婦人に呼び止められてしまった。
「これさっき焼いたのよ。よかったら持っていってね、自慢のクッキーなの」
老婦人が油紙の口をきゅっと捻った拳大の包みを差し出してくる。
「やあ、すみません、ありがとうございます。では仕上がりましたらお電話いたします」
丸い包みをダンボール箱の中に加えてもらい、ユージンはドアを閉めた。
階段を駆け下りて足早にアパートの影から飛び出すと、七月の爽やかな陽射しがユージンの瞼を焼いた。
彼は深呼吸をひとつして空を仰いだ。
(週末まで続いてくれるといいな、この天気)
抜けるような青い空に、穏やかな波のごとく白い雲が浮かんでいる。
ここパースタウンでは一年に一度、七月最初の週末に弓矢の神アロケイデにちなみ、射撃祭なるものが開催される。
アロケイデが棲んでいると言い伝えられるジュピトル山に最も近いこの街では、射撃祭は古くから続いている伝統的なものだ。
今のように銃がない時代には弓矢でその腕を競ったという。
祭の間際には方々から射撃の腕利きや見物客がこの街へ集まり、宿泊施設はどこも満室、普段は閑散として見える通りも見違えて賑やかになる。
街のいたるところで射撃祭を謳ったポスターが目につき、なにより銃器店が年間で最も忙しくなるのもこの時分だ。
店に帰ったら、またどんな雑用を言いつけられることか。そう思ってもうひとつため息をつきかけ、ユージンはギョッとした。
路肩に停めた小型四駆へ向かう最中、右側から凄い勢いで何者かがぶつかってきたのだ。
ドウッ!
よろめいて、片足立ちになり、ユージンの両手を塞いでいたはずの段ボール箱が傾いて片手の平が涼しくなる。
「うわ……ったたっと!」
なんとか踏ん張り、ファルシオンが放り込まれている箱を両腕に抱え直す。
アスファルト面では、滑り落ちた油紙の包みがグシャリと音を立てていた。
考える間もなく低姿勢で振り返る。
が、視界はフワリと翻った暗い紅色に覆われていた。
(な……ん──)
突然、別世界に放り込まれてしまった──そんな心地で振り仰ごうとした時だった。
「すみませんでした」
ぼそりと無愛想な声が聞こえて、いまいち夢心地であったユージンは何度も瞬きをした。
声の主はどこか、と右へ左へ振り返る。
通りを行った先に、暗い紅色がふたつの人の形に見えていた。
フードを目深に被った小柄な人物と、それよりもひょろっと背の高い人物。
この街では見かけたことない風変わりな二人は、どちらもカーキ色のミリタリーパンツにブーツという出で立ちであった。
暗い紅色のものは袖のない外套で、俯いた顔では口元を伺うのが精一杯だ。
「い、いやこちらこそ」
射撃祭が近づくと街の外から来た人たちが通りをうろつき始める。
背の小さい方が律儀にもぺこりとお辞儀をし、背の高い方がそれに続くと、二人は逃げるようにして進行方向へと駆けて行った。
「毎年いるよな、ちょっと変ってるのが」
思わずぽつりと声に出した後で、嫌な予感と共に悪寒がユージンの背筋を駆け上った。
(まさか)
鳥肌がぞっと立った腕で段ボール箱をアスファルトへ置き、慌ててズボンのポケットへ手を突っ込む。
けれど、中に入れていた物はなにも盗られてはいなかった。
(てっきり──でも違ったんだな)
本当に? ともう一度ポケットを確かめ、いつもどおりに鍵や財布があることにやっと安心すると、ユージンは油紙の包みを拾い上げて段ボール箱を持ち上げた。
運転席に乗り込む。
盗られたものはないはずなのに、どこか後味が悪かった。
(早く使いを終わらせて店に帰ろう)
預かったファルシオンだって見なければならない。
老婦人がくれた油紙を広げると、欠片や粉と化した無残なクッキーが顔をのぞかせた。
(災難だったな、おまえ)
欠片をひとつ口にくわえ、ユージンはキーを回し表参道を離れた。
そのクッキーは、甘くも辛くも感じられなかった。