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黒い太陽

作者: ゆきあき

「わたしのまち」そうタイトル付けされた幼稚園児の描いた絵が世間を賑わせていた。

 画用紙のちょうど真ん中に三頭身くらいでお父さんとお母さんと女の子が三人並んで立っていて、周りに家やら公園の木やらビルなどがそれら家族と同じような大きさで散らばっている。一見すればどこにでもある、幼い子供がクレヨンで描いた普通の絵だった。一つだけ、明らかに異質なものが描かれているのを除けば。

 そこには、画用紙の三分の一を占めるほどに大きく、それこそクレヨンを何本も使い潰したであろうほどに何度も何度もありとあらゆる色を使って濃く塗りつぶされた、黒い太陽が描かれていた。

「あの大災害が少女の手にこんなありもしないものを描かせたのです」

「この絵の黒い太陽はあの件の後に少女が付け足したのだそうです。ああ、これはまさにあの形容しがたい絶望の象徴です。我々はこれを乗り越えて、再び明るい太陽を心に取り戻さなければなりません」

「あの日から少女は口を閉ざして喋らないそうです。こんなものを描いてしまうような傷ついた心を癒すために、私たちは一体何ができるでしょうか?」

 様々な人間が少女の絵をアイコンとして、あの日の出来事を語った。

 まるで目をそらすかのように、人々はその話題の本質を避けるようにしていた。

 無理もなかった。あの時人類が出会ったそれは、地震や津波、山の噴火といった自然の天災とも、戦争やテロ、原発の崩壊などといった人災とも違っていた。まさに人類が初めて目にする、未曾有の災害だった。


 一怪獣バラガン出現一

 

 多くの人間がまだ寝静まっていた明け方未明、深夜突如S県H市に出現した体調百メートルを越す巨大生物は、瞬く間に街を破壊し、五千人以上の人々を殺して、海の中へと消えていった。

 誰もがすぐにはその事実を飲み込み、信じきることができなかった。まるで映画のような作り話だ、まるで夢を見ているようだと、口々に言った。

 しかし事実として、陽の光の元では、破壊された広大な街と、物言わぬ多くの遺体がそこにはあった。

 災害のまっただ中の瓦礫なの中から発見された、数少ない生きた目撃者である少女は、避難所で一心不乱にその絵を描いた。

 人々は理解できぬそれを、大怪獣バラガンを、少女の描いた黒い太陽を通じて少しでも理解しようと(あるいはわざと理解しないようにと)試みたのだった。


「妄想なんかじゃない。わたしは見たの、見たことをそのまま描いたの!」


 狭い簡易テントの中で明日香は目を覚ました。

 夢を見ていた。十年以上も口を開いていない自分の、それは最後に発した言葉だっただろうか。

 それはもう分からない。あの日からどれだけ時間がたったのかすら彼女にとっては曖昧だった。

 服を着替えて外に出る。かつて怪獣バラゴンが初めて出現したS県H市の砂浜、その近くの岩場に明日香は隠れるようにテンとを張り野宿をしていた。付近には人っ子一人いない。

 それもそのはずだった。怪獣出現厳戒令が敷かれたこの地域は、三日も前から軍によって付近三十キロが閉鎖されていた。

 あの大災害以降、人類は怪獣の驚異を取り除くためあらゆる手段を講じた。

 殺そうとした、防衛しようとした、誘導しようとした、無力化しようとした。

 だがそのいずれも失敗に終わった。

 対策につきた人類がとった手段はただ耐えること。嵐を過ぎ去るのを待つがごとく、襲来を予測し、回避することだけだった。

 だから今この地域には軍の関係者以外は誰もいない。彼女を除いて誰も。

 明日香は砂浜をゆっくりと移動し、少し先の高台にある出っ張った岬にに上っていった。そしてその場所から真っ直ぐに、はるか遠方の海をじっと見つめた。

 人類の英知を結集しても、気まぐれな怪獣バラゴンの出現を予測するのは困難だった。しかし明日香は一週間も前から確信を持ってここに来ていた。

 彼女には分かっていたのだ。なぜならバラゴンは彼女の半身を持っているのだから。


 あの日、大きな音がして幼い明日香は目を覚ました。

「パパァ!ママァ!」

 泣きわめきながらいつも隣とその先で寝ている両親を呼んだ。

 しかし横を見るとそこには黒いごつごつした壁があった。母親と二人で寝ていたベッドはまるで切り取られたように無くなっ

ていた。

 何が起こったのか理解できず、明日香は再び泣き叫ぼうとした。だが、鼓膜を破るような大きく低いうなり声が遮った。

 明日香は上を見た。あったはずの天井はなくなっていて、そこには巨大な黒い、黒いとしか形容できない球体があった。

 怪獣バラガンの目だった。

「--------------------------」 

 明日香は固まってしまい声も出せない。だがそれは恐怖せいだけではなかった。

 その目から、自然の凄まじいエネルギーとも違う、人の底知れない悪意の感情とも違う、もっと純粋でどす黒い怒りの洪水が降り注ぎ、幼い少女の心を切り裂いた。

 喚くことすらできなかった。

 視界の脇に千切れた母親の腕が見えて、横で両親が踏みつぶされて死んだことを理解してもなお、何の感情も沸いてこなかった。

 それらを感じる部分はすべてその大きな瞳が奪っていった。

 まるでブラックホールのように、心の半分を飲み込んでいってしまった。

 まるで灼熱の太陽のように、もう半分の心もすべて焼き払ってしまったのだった。


 海がざわめきはじめた。明日香の見据えた先から、黒い太陽が昇ってくる。

 明日香は今はっきりととらえた。魂の半分を奪っていった、漆黒の、大怪獣バラガンの瞳を。

 バラガンは巨大な咆吼をあげ、陸へと近づいてくる。その圧力に耐えるため、明日香は今にも震えたまま崩れ落ちそうな膝を両手で支えた。そして一直線に怪獣を睨みつける。

 怪獣の移動と同時に発生した津波が押し寄せ、辺りの砂浜を海に変えた。少し高台にあるきり岬も飲み込まれるのは時間の問題だった。しかし明日香は歯を食いしばり、前に出る。一歩、そして二歩目を踏み出す。

 岬の先端に立った明日香は両手を広げて上空を見上げた。

 バラガンの巨体に太陽の光が遮られて暗くなった空には、十年前に見た、吸い込まれそうなあの瞳が、黒い太陽が浮いていた。

 明日香は叫んだ。

「バラガン・・・・・・・!」

 バラガンの巨大な足が岬をへし折り、続いて来た津波がすべてを飲み込んだ。

 少女は失ったものを取り戻し、消えてなくなった。


                       (了)


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