無価値
「神子様を安全な場所へ!」
「兵以外の者を地下堂に避難させろ!」
窓の外では指示が飛び交う。
一寸の間、ハインケルもザインも、留も動きを止め、その様子を見ていた。
「ハインケル様、、地下堂へ避難を」
口を開いたのはザインだ。
ハインケル伯爵に避難を促す。
声が震えていた。
「……いや」
「あれは、災いです。今の段階で神子様達がどうこうできる相手ではありません。我々も、当然」
対処ができない。
そう、言外にザインは言った。
「神子様達と共に避難を。ハインケル様に何かあれば、このハインケル領を守るものがいなくなります」
だから、避難を。
そう、ザインは続けた。
「いや、だが」
それでも動こうとしないハインケルに、ザインが懇願するような声を出す。
「兵では……人の身では、お守りすることができません!地下ですら、安全かどうか……。今いる兵で注意を引きつけ、なるべくあの災いを地下堂から離す。それすら……我々では、囮にもなりません」
今いる兵は選りすぐりの、精鋭がほとんどだった。
王都へ行くにふさわしい者達だ。
そんな彼等ですら、あの「災厄」を退けることはできないという。
「あれは、何なのですか」
留が訊いた。
「災厄と呼ばれます。竜、とも。魔族ではありませんが、我々にしてみれば同じようなものです」
時折現れては、甚大な被害をもたらすのだと、ハインケル伯爵は言った。
普段は山奥や深海など、人の立ち入れないような場所に住んでいるらしい。
「魔王の復活の兆しに、人里に降りてくる……でしたね」
「そうです」
「では、いずれ那毬達は、アレとも戦うことになる」
「そうです。ですが、現段階では……」
「荷が重い」
「残念ながら」
ハインケル伯爵が目を伏せる。
もう一度窓の外を見て、踵を返した。
「留様、地下堂へ行きましょう」
留を見たハインケル伯爵の目は、覚悟を宿していた。
燃えるような激しさはない。
失う覚悟を宿した目だった。
兵を失う覚悟。
兵を見捨てる覚悟。
この屋敷を失う覚悟。
すべてを失う覚悟。
それらをすべて受け入れ、そして再興しようとする、覚悟。
ハインケル伯爵は軍人ではない。
けれど彼も、戦う覚悟は持っていた。
兵とは方法が違うだけだ。
守るものが違うだけだ。
「地下堂まで、及ばずながら護衛いたします」
ザインが言った。
慌ただしい足音が扉の外から聞こえてくる。
ハインケル伯爵を迎えに来たのだろう。
咆哮が館を揺らす。
もうそこまで迫っているのだ。
「避難する」
扉をあけ放ち、ハインケルは迎えの兵にそう言った。
「箱と鍵の神子様は」
「未だ地下堂へ来たという連絡はありません。イネス様とケイ様が傍についているはずですが」
「早急に地下堂へと誘導せよ。その後最大級の結界を張る」
「はっ」
魔術で連絡を取りながら、ハインケル伯爵と留を囲んで廊下を進む。
「ザイン教官」
「……地下へ無事たどり着くことを考えろ」
ザインは留と目を合わせなかった。
「シャズ達は……。訓練兵も、アレと対峙するのですか」
訊かずとも、留もわかっていた。答えなど一つだ。
「……彼等も兵だからな」
兵に特別はない。
年齢も性別も、関係はない。
悲しいほどに平等だ。
「……私も兵です」
平等のはずだ。
「そうだな」
ザインは短くそう言った。
「私は、鍵でも箱でもない」
神子とはいえ、役に立たない神子だった。
今までこの世界で、留の力が必要とされたことはなかった。
「私は、ただの兵です。皆と、同じ」
「だとしたら、どうだというんだ」
ザインが留を見る。
鋭い視線は、これ以上の言葉をためらわせた。
「兵になったんです。覚悟して。今、ここで戦わないなら……」
そう、今が、その時だ。
二人を守る。
今も、その時なのだ。
「私に価値はない……!」
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