表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/92

価値

「神子様を安全な場所へ!」

「兵以外の者を地下堂に避難させろ!」


 混乱、という表現が正しいだろう。

 ハインケル邸はにわかに騒がしくなった。


「お二人とも、こちらへ!」


 人の波を縫って、イネスが那毬と誠の元へ駆けてきた。

 後ろにケイもいる。


「イネスさん、ケイ師匠」

「あれは……」

「細かい話は後で!地下堂に行きますよ!」

「あれはやばい奴だ」


 ケイの顔が強張っている。

 その事実に、二人は非常事態であることを悟った。


「でも!あれも魔物では?」


 そうであるならば対処しなければならない。

 他ならない、神子である二人が。


「いえ、あれは魔物ではありません」

「災厄、と呼ばれている。竜という種族だ。時折こうして現れては、ひとしきり暴れて、食い散らかしていく」

「……食い散らかす」

「人をな」

「ケイ!」


 イネスが嗜めるようにケイの名を呼ぶ。

 子どもに訊かせる話ではないと思ったのだろう。


「まぁ、魔族の出現と同時に、活動が活発になる。いずれは相手にする必要があるが」


 ケイはそう言って言葉を止めた。


「今は逃げたほうがいいだろうよ」


 ケイ達は冷静に戦力を見極め、二人に竜に対抗する力が無いと判断したのだ。

 そうして逃げろ、と言う。

 それは敗北だった。


「じゃあ、あの人たちは……?」


 自分たちとは逆方向へ走っていく兵達を見て、誠が尋ねる。


「あの兵達は……」


 イネスが口ごもる。

 誠達は、賢い。

 それをイネスも知っていた。

 だから、言葉をためらった。


「囮……」


 那毬が呟いた。


「私達を逃がすための……囮、ですか」


 彼らは、竜から逃げる那毬達とは逆方向、つまり竜へ向かって走っている。

 その先では、兵達が陣を敷いていた。慌ただしく、竜との交戦に備えようとしている。


「……」


 イネスが黙り込んだ。


「あぁ、そうだ」


 苦い顔をして、ケイが肯定した。

 その答えに、那毬と誠は足を止めた。


「走ってください!」

「嫌です!」


 イネスの言葉に、首を振る。


「いま、訓練兵の姿も見えました。あんな、子どもが……」


 小さな影が、何人か駆けて行った。

 補給部隊として、組み込まれたのだろう。


「彼らは兵です!守るべきもののために、命を捨てることは覚悟の上です」

「でも!」


 言葉が詰まる。

 魔物を倒した、その実績がある。

 けれど、それが何だというのか。

 今この瞬間、二人は無力だ。

 ここで、自分たちが死んではならないことも理解はできる。

 死ねば、魔族や魔王を倒せない。

 そうなれば、もっと被害が出るのだろう。

 だからと言って、犠牲を受け入れられるだけの覚悟などない。


「行くぞ」


 ケイが那毬を持ち上げ、小脇に抱える。

 イネスもそれに倣い、誠を持ち上げる。

 議論の時間が惜しい。

 だからイネス達は、強硬手段に出た。


「生き延びて、魔王を倒せ」


 ケイが言った。


「それが、死んでいく者達への、お前たちの責任だ」


 その言葉が、鉛のように、二人にのしかかる。

 力のない己自身を、こんなにも憎いと思ったことはない。


「神子は……そんなに偉いのですか。大事なのですか」


 答えなど、とうに知っている。

 けれど、訊かずにはいられなかった。


「あぁ。この世界で、何百人何千人犠牲にしても」

「それは、神子が、箱と鍵の神子が魔王を倒す唯一の武器だから?」

「……そうだな」


 走りながら、ケイが答える。

 息を切らしていた。

 額には汗がにじんでいる。


「じゃあ」


 誠が言った。


「俺たちに、価値はない」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ