いらない神子
もう一人の神子の話。
「それでさ、すごいんだよ!ドカーンって!」
「お前、それ何度目だよ」
「でもすごかったよね」
「あー、俺も行きたかったなー」
がやがやとした、訓練兵舎の食堂。
訓練兵舎に帰還を果たした留達は、荷ほどきなどの雑務を終えると、他の訓練兵と合流した。
丁度夕食時だ。
自由に会話が許されるこの時間の話題は、初めての任務と、二人の神子の活躍についてで持ちきりだった。
シャズは周りを囲まれ、神子達がいかに神々しかったか、そして勇ましく戦ったかを周りに話して聞かせている。
「ケイ様って、王都でも指折りの魔術師だろ?」
――ただの快楽主義者だけどな。
食堂の隅で一人静かにスープを啜っていた留は内心でそう、突っ込みを入れる。
「その魔術師と重複魔術ができるって、箱の神子様ってすごいな」
「あぁ、同程度の魔力と、技術が必要になるからな」
――だから、か。
留は一人で納得する。
すさまじい魔術だった。
けれど、ケイの魔術の力をもってすれば、さらに強力な術が放てたはずだった。
暫く共にいた留にもわかった。
ケイは威力を落としたのだ。那毬と釣り合うように。
わざわざ威力を落としてでも重複魔術にしたのは、その方が結果的に威力が上がるからだろう。
重複魔術は足し算ではない。
掛け算だ。
ケイと那毬の、掛け算式に増えた魔術の威力は、目論見通り魔物の足を止めた。
石化した足は跡形もなく消え去り、胸も大半が削れていた。
それでも歪に再生を始めた魔物に、誠の鎖が巻き付いた。
「鍵の神子様の生み出す鎖、綺麗だったな」
白銀に輝く鎖だった。
大して丈夫でもなさそうな見た目の鎖は、ともすれば装飾に使われる強度の低い物にも見える。
こんな細い鎖で、どうにかなるものなのか?
誰もがその様子に不安を覚えただろう。
けれど、効果はてきめんだった。
「あれで、魔物が動かなくなった」
もがく魔物を、鎖はしっかりと締め上げる。
そして。
「あれは、棺だった」
那毬が間髪入れず、魔物の大きさに見合う箱を展開させる。
黒いそれは、この世界の棺桶を思わせる。
一面一面、箱が組みあがっていく。
そして、最期の面が閉じると、箱の中から絶叫が聞こえた。
「あれが、断末魔ってやつかな」
「でも、すごいのはここからだよ」
シャズ達の話に、そこにいる誰もが耳をそばだてる。
興味のない者など、いるはずがない。
伝説の始まりに立ち会う。その瞬間の話だ。
「箱に、また、鎖が巻き付いた」
「その鎖を固定する鍵が現れて」
「ゆっくり、鍵がかけられた」
それは、箱と鍵の神子の、魔物の倒し方。
寝物語にも登場する魔族と神子の戦いの、この世界の誰もが想像していた光景。
箱に閉じ込め、鎖で封じ鍵をかける。
「その瞬間、光があふれて……」
「跡形もなくなってた」
「魔物も、箱も鍵も、みんな。なくなってた」
「マジかよ」
大きな質量を持った魔物は、施錠と共に姿を消した。
その場にいた誰もが、その奇跡に息をのんだ。
「もう、俺思った。神子様のためなら、命を差し出せる」
「俺も」
「私も」
次々に、そう口にする。
その光景に、留は苦笑する。
背筋が冷える。
――イネス達の思惑通り。
こうして、盲目的な信者を増やしていく。
本来、あの魔物は二人きりで倒せてしまえただろう。
兵が隊列を組む必要などなかった。
もっと情報を得て、緻密な計画を立てれば済んだ話だ。
それをあえて、足手まとい達を連れて行った理由。
補給兵などと言って、幼い訓練兵を連れて行った理由。
魔物を事前に詳しく調べなかった理由。
強大な敵と認識させるため。
神子の存在を、強烈に印象付けるため。
そして、信仰させるのだ。
彼等こそが、救世主だと。
そうすることで、命を投げ出す兵隊を作る。
大衆の前に、まずは兵から。
――考えすぎ、かな。
年を経た精神は、どこまでも穿った見方をしてしまう。
自分の考えに苦笑する。
留は食べ終わった食器を持って返却口へ向かう。
「あいつも神子だけど、なにかしたの?」
誰かの声が、背中に刺さった。
「いや、何も」
そう。何も。
何も、できはしない。
留は命令通り後ろに下がり様子を見ていただけだ。
実際偽りの力だろうが、本物の力だろうが、あの魔物に対して有効打を与えられはしないだろう。
所詮はそういう力だ。
便利ではあっても、強くはない。
「神子でもここまで違うんだな」
それを歯がゆく思っているのは。
誰よりも悔しく思っているのは。
――私だよ。
留は振り返らずに、食堂を出た。
いつもお読みいただきありがとうございます。
気軽に絡んでくださいねー




