討伐
「あれは……まずいな」
魔物の姿をみとめ、ケイが言葉を漏らす。
「物理攻撃は効かない類の魔物だ。魔術兵以外は下がらせた方がいい」
「物理攻撃の無効化など、中盤の魔物のはず」
「目に見えるものが真実だ。文献は過去の出来事を記録しているに過ぎない」
「斥候の情報にも、あれほどのものだとは」
「途中で変形でもしたかな」
「変形?」
次々と放たれる矢は、魔物の背に生える手足に払われ、かすり傷一つ負わせられない。
地響きがした。
罠を仕掛けた地面を、魔物が踏みつけたらしい。
魔物の足元の地面が抉れ、一瞬魔物の身体が傾く。
「よし……!」
「いや」
魔物の背から伸びる手足が、傾いた身体を支える。
すぐさま魔物は体勢を立て直した。
ぼこり、と黒い澱のようなものが魔物から流れ出た。
「血、か?」
イネスの声は、そうであってほしいという希望だ。
黒い澱が、徐々に形を成し、背に新たな手が増えた。
「変……形……」
「刺激を受けるたびにああして変化していったのかもしれない」
この先の岩場には、剣岩と呼ばれる、刃物のような岩が並ぶ場所もある。
「と、なると」
「罠をめぐらせたのは間違いだったな」
罠にかかるたび、一瞬魔物はそこに留まる。だが次の瞬間には、新たな手足を生やして突っ込んでくる。
「ここに来るまでに、どんな化け物になっているやら」
ケイが苦笑を漏らす。
だが、その態度にはまだ余裕がある。
「あれを、俺たちが?」
ケイの隣に立つ誠が尋ねる。
想像と、違った。
魔物といえば、昔ゲームでやった、ぶよぶよしたものだとか、ミイラみたいなものだとか、いくつもの獣が集まったキメラやドラゴン。そんな貧相なイメージしかなかった。
魔物の文献も読んではいたが、説明文と絵では、実際がわからない。
「あぁ」
軽く、ケイが言った。
「ジョーダンきついわ」
那毬がぼそりと呟いた。
まがまがしい悪意の塊。
あの魔物はそう言うものだ、と那毬は思った。
あんなものを、どうこうする力があるとは思えなかった。
箱の力の事は知っている。
うまくやれば確かに倒せるだろう。
箱の力は絶大だ。
たとえそれが、そぐわないやり方だとしても。
那毬には、誠には、確かにあの魔物を倒す力がある。
けれど。
その後に残るものは、きっと、誰にもどうにもできない。
今、この魔物を倒したところで、悪意は育っていくのだろう。
そう、思えた。
「ヤツは物理攻撃を無効化する。魔術での戦闘が主体となる」
「伝令。作戦変更。作戦行動は4に移行」
ケイの言葉に、イネスが伝令を飛ばす。
すぐさま兵が入れ替わる。弓兵は下がり、魔術兵と獣騎兵が前に出る。
「生半可な攻撃ではあの手足が増えるだけだ」
「誘導のための最小限の攻撃だな」
「もしくは致命的な一撃を」
「お前なら、どうだ」
イネスがケイを見る。
ケイは、王都でも屈指の魔術師だ。
あの魔物を、一瞬で倒す。そんな芸当もできるのではないか?
「あれはでかすぎる。そうだな……」
少し、ケイは考える素振りを見せる。
「弟子と、共になら」
そう言って、振り向く先には、那毬がいた。




