接敵
ようやく……ようやく!
甲冑の擦れる音が、いくつもいくつも規則正しく前進していく。
獣車の車輪が、轍を作る。
「お前も神子だろ」
出立して、二日。
南下を続ける魔物と、予想では今日か、明日にはかち合うだろう。
空には見渡す限り雲はなく、おそらく暫く天気が続く。
緊張と、疲れと、少しの慣れがあった。
そんな最中だ。
留の横を歩くシャズが、そう言ってきたのは。
「何が?」
若干息を荒くして、留は訊き返す。
荷物が、重い。
「お前も神子なら、あっちにいるんじゃないのか」
そう、シャズが指す先には、一際堅牢な獣車があった。
那毬と誠、イネスとケイが乗っている。
「あぁ」
同じ神子なら、扱いが同じでもいいのではないか、とシャズは言うのだ。
「心配、してくれてるの?」
あちら側なら、もう少し楽ができるというものだ。
「馬鹿言うな」
シャズが頬を膨らませてそっぽを向いた。
「同じ、ではないから」
留が言う。
那毬達の乗る獣車を見る。
獣車に陽の光が反射して、目を細める。
「同じ、神子ではないから。私はあそこには乗れない」
箱の神子でなければ。鍵の神子でなければ。
この世界が必要としているのは、留ではない。
「それに、私は兵士だもの」
留の静かな声音に、シャズが視線を戻す。
留は、笑みを浮かべている。
「二人を守る。私の楔の力はあまり強くないから、神子としてではなく、兵として」
そう決めたの。
留は言う。
もう、随分と前に。
心に決めている。
「……腕立て、できるようになってから言えよな」
「ごもっとも」
シャズの言葉に苦笑する。
神子としてだけでなく、兵としても役に立たないとなれば問題だ。生死にかかわる。
しばらく他愛のない話をして。
周りの兵に心配されつつ、留とシャズは隊に必死についていく。
「もう少しで休憩だ。訓練兵」
「は、はい」
「はい」
同じ歩兵がそう、二人に声をかける。
その一瞬後、高い笛の音が響いた。
一瞬にして空気が張り詰める。
「残念だったな。休憩は後だ」
「はい」
斥候からの合図だ。
敵が。
魔物が、近づいている。
「予想より早い。早すぎる」
そう、文句を言ってみても、事態が変わることはない。
こちらが歩みを止めても、魔物が歩みを止めるわけではない。
少しでも有利な陣形を、少しでも有利な場所に作らなければならない。
留は那毬達の乗る獣車の位置を確認する。
まだ獣車から出てきてはいない。
「作戦変更!この先の平原で討つ!」
魔物は図体がでかく、それでいて素早い。
強靭な尾と、顎を持つ、四つ足の魔物と、前情報で聞いていた。
故に、建物や岩場などの、狭い場所で相対するのが善策と考えていた。
大きい図体なら、狭い場所で動きが鈍る。それだけ相手の素早さが殺せる。
けれど平原では。
真っ向からの勝負になってしまう。
本来はこの先の岩場での戦闘を考えていたのだが、思った以上に接近が早かった。
「速度上がってるんじゃない?」
「知らねーよ!ほら、これ」
「ありがと!」
陣を作り、罠を張る。
その手伝いに、留とシャズは追われた。
二度目の甲高い笛の音。
獣車から四人も降りてくる。
「こちらに」
所定の位置に那毬達が誘導される。
「シャズ!そろそろ後ろに下がるよ!」
「お、おう!」
地響きがした。
魔物が、来る。
その、姿が遠くに見えた。
近づくごとに、兵達の表情が恐怖にゆがむ。
「なんだ、あれ」
「あんなものと、戦うのか」
そう呟かれる声は、心なしか震えている。
「矢をつがえろ!」
隊長が命令する。
けれど、その矢が無駄だと、誰もがわかっていた。
四つ足で猛然と向かってくる魔物は、おぞましい姿かたちをしていた。表面は固い鱗で覆われ、数え切れぬほどの手足が、背から生えている。
顔という顔はないが、大きな顎には、血にまみれた凶悪な刃が並んでいた。
「これが、初期とか……」
留は思わず呟く。
「撃てーっ!」
号令に、矢が放たれる。
魔物が吠えた。
矢が、その一声で勢いをなくす。
ぱらぱらと落ちる矢を踏みつけ、魔物が前進する。
それは、悪夢そのものだった。




