討伐前夜
「さて、今回の魔物ですが。ハインケル領の北端より生まれ、南下を続けています」
イネスが討伐の前に事の概要を知らせる。
「進行方向の領民の避難は完了しています。ですが、初期対応までに、すでに2村が壊滅。死者は50名を超えます」
ハインケル領の冬は厳しい。
そのため、北の地に住む者は少ない。
「幸いだったな」
誰かが呟いた。
これが、人の多い南で発生したなら、死者の数は桁が違ったはずだ。
「領民が死んだ。その事実に多少の差はない。口を慎め」
同席していたハインケルが言う。
その表情は険しい。
「し、失礼しました」
呟いた兵は慌てて頭を下げた。
「初期の魔物でも、一般人には脅威ってことよね」
「そうだな」
狂暴な獣が出たとしても、50を超える死者など出ることはない。
村人でも対処可能なように、道具も策もある。
けれど、今回その道具も策も、経験も通じなかった。
魔物は、獣以上の災厄だ。
「死者の様子は」
「よみがえることはなかった。一部は喰われた痕もあったが、ただ単に殺されただけの亡骸もあった」
魔物が出始め暫くすると、死者を蘇生させ操る魔物が出てくる、と文献にはあった。その危惧をしたのだろう。
「現在は魔術兵に遠方から監視させている。真っすぐ、このハインケル邸の方へ向かってきているようだ。理由は不明」
「……」
ある可能性が、那毬の頭に浮かんだ。
前例通りであれば、魔物は王都を目指してくる。いつも、そうだった。
けれど今回は、王都から離れたこのハインケル領から生まれ、王都とは方角の違うハインケル邸を目指している。
「もしかして」
ぼそり、と呟く。
隣に座る誠に聞こえるか聞こえないかの声だ。
「私達を、目指して来てる?」
「あぁ、なるほど」
本来王都へ召喚されるはずだった。今までの神子達は王都に召喚され、そこで過ごしていただろう。
けれど今回は。
「可能性はあるな」
イネスの説明が続く。
獣型の魔物。
素早いが持久力はなく、二つ目の村を一つ壊滅させた後しばらくそこから動かなかった。
所定の場所に誘い出し、徐々に体力を削ぎ、取り囲んで討つ。
「敵は手ごわい。だが、恐れるな。我々には箱と鍵の神子様がついている!」
イネスがそう叫ぶと、歓声が上がった。
兵達の視線が、二人に集まる。
「……」
突然のことに、一瞬固まってしまう。
「神子様、何か、一言」
「あ、はい」
イネスに耳打ちされて、二人は背筋を伸ばす。
「魔物を……これ以上好きにはさせない!必ず打ち取る」
「一人もかけることなく、また、この場で祝杯をあげましょう」
二人の言葉に、兵が湧く。
那毬が視線をさまよわせると、留が兵に混じって立っていた。
目が合うと笑いかけられる。
褒めるというより、労わるような表情だ。
その顔に、少し、救われた。
言わされているそのもっともらしい言葉に感じた罪悪感。
それが軽くなった気がした。
――一人も欠けることなく。
それが難しいことなど、わかりきっていたのに。




