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汚れた手2

 訓練兵寮の部屋に戻った留は、そのまま粗末なベッドに突っ伏した。

 ランタンに火を灯す。

 炎が、闇をより濃く見せた。


「最悪な気分だわ」


 血の匂いが、する。

 怪我をしたわけではない。

 ただ、相手の返り血を浴びてしまっただけ。

 上層部からの二度目の呼び出しに、留は顔をしかめた。

 留を呼ぶザインの顔も、いつも通りの渋面だった。


「特殊任務だ」


 そう言って、書類を渡された。

 前と、まるで同じ流れだった。

 留は淡々とその命を受け、淡々と現場に向かった。

 今回も、お膳立てはすべてされていた。

 留はただ、指示通りに動くだけ。

 指示通りの場所に行き、指示通り相手と接触した。

 そして指示通り、


「二人目……」


 殺した。

 刃を、男の心の臓に。

 背中から、一突き。

 我ながら、迷いのない見事な仕事だった。

 ただ、ナイフを抜いた時に予想以上に血が流れた。

 その血は、留の服の袖口を汚した。

 鉄の錆びた匂いがした。

 汚れた服を、あらかじめ用意されていた替えの服に着替え、何食わぬ顔で外に出た。

 そうして獣車で帰路について、水浴びをしてから部屋へと戻った。

 だから、血の匂いなんかするはずがない。

 全部、綺麗に洗い流したのだから。

 それでも、錆びた鉄の匂いが鼻につく。


「相当……精神がやられてるな」


 人を殺した。

 元の世界にいたときには考えられなかったことだ。

 いっそ夢であればいいと思う。この世界に来て何度もそう思った。

 けれどいつも、その期待は裏切られた。

 ずっと、まごうことなき現実が続いていた。

 元の世界に戻る手段については、ろくな手がかりもない。

 訓練兵になってから、留はこの世界を詳しく知った。

 ハインケル邸では知らなかったことも、たくさん。

 しかし元の世界に戻るための手がかりは、一向に手に入らなかった。

 元の世界に戻る当てもなく、流されるままに留は、人を殺めた。


 ――もし。


 留は怖かった。

 世界は変わらずそこにあるのに。

 その中にいる留が、留達が変化を強いられている。

 もし元の世界に帰れるようになったとして、果たして元の世界は、留達を受け入れるだろうか。

 変わってしまった留達を。

 人を殺す前と後。

 姿形に変わりはなくても、明らかに変質してしまっているのだ。

 今更。


「帰れるものかしら」


 この落ち着かない心の有様を人は不安と呼ぶのだと、留はこの世界にきて初めて知った。


「あー、那毬達元気かな」


 窓のないこの部屋は、火を灯してもなお暗い。

 闇は嫌いだ。

 不安になる。

 だから、たわいもない独り言で、気を紛らわせようとした。


「……だめだな」


 返事のない言葉は、闇の中に独りだという事実を余計に際立たせるだけだった。

 この世界に、一人きり。

 そんな錯覚に陥りそうで、留はドアを開けた。

 不安に駆られて、いてもたってもいられなかったのだ。


「うわっ」


 勢いよく開けたドアの向こう。

 驚いた顔の、シャズが立っていた。


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