再会は
領地回りをしていたハインケル伯爵たちは、予定より一日遅れて帰ってきた。
出ていった時と、たいして変わりはないように見える。
出迎えた那毬達は、留の姿を探した。
けれど、ハインケル伯爵たちの隊列の中に、留の姿を見つけられない。
一匹だけ、誰も乗せていないスカラバがいた。
まさか。
血の気が引いた。
「留!留さんは!?」
隊列の兵に詰め寄る。
兵は那毬達を見て、気まずそうに目をそらす。
それは、何かあったことを物語っていた。
最悪の結果を想像して、那毬は顔を青ざめさせる。
「何か、あったのですか」
何も聞けない那毬に代わって、誠が尋ねた。
「それが……」
兵は目をそらした。
「その……訓練兵だが……」
ちらり、と二人を見る。
言いづらいが、言わねばならない。
「崖から、落ちて……」
「え……」
那毬と誠は目を見開いた。
ケイの言葉が、脳内に繰り返される。
――次が、あると……
足から力が抜けていく。
那毬はその場にしゃがみこんだ。
「神子様!?」
驚いた兵が那毬に駆け寄る。
ちょっとした騒ぎになった。
「何があった」
ハインケル伯爵の声だ。
獣車から降りてみれば、後ろの方で兵が騒いでいた。
近づいてみれば、神子がしゃがみこんでいる。
その状況に、声をかけたのだった。
「ハインケル……伯爵。と……留は…」
その先を、那毬はどうしても言えなかった。
「留が崖から落ちた、と聞きました」
誠が後の言葉を継ぐ。
「あぁ」
何でもないようにハインケル伯爵は相槌を打った。
「間抜けな奴だ」
肯定と、侮辱。
誠は、わなわなと怒りに拳を振るわせる。
「あいつは!留は!」
「私がどうかした?」
「え?」
能天気に響いた声に、聞き覚えのあるその声に、誠は振り返る。
その姿を見て、目をきょとんとさせる。
「と……留さん?」
そこには、荷物を持った留がいた。
「どうしたの、人の名前を叫んで」
「どうしたのって……」
脳の処理が追い付かない。
崖から落ちた。
それは肯定された。
なら、ここに立っている留は何だ?
頭のてっぺんからつま先まで見る。
天使の輪もなければ、足もなくなっていなかった。
「生きてる……?」
「ちょっと、勝手に殺さないでよ」
不満げに留が言う。
「だって……崖から落ちたって」
「あぁ」
留もその言葉に頷いた。
「間抜けよね。足滑らせて体勢崩したスカラバに体当たりされて、崖に真っ逆さま」
乗ってたスカラバは何てことなかったのに。
そう言って肩を竦める。
「なんで無事なの」
落ちたとみんなが言っている。普通、崖から落ちればただでは済まない、はずだ。
「ザイン教官が足を掴んでくれてね」
それは見事だった、とのその場面を見た兵は皆頷いた。
留が宙に放り出された瞬間。
スカラバから飛び降りその手綱を右にもったまま、ザインは手を伸ばした。
間一髪、ザインの左手は留の足を掴んだ。
崖の淵で、スカラバを重りとしていなければ、留の体重と落下速度で一緒に落ちていただろう。
本当に、ぎりぎりの生還だった。
「まぁその反動で頭打って、暫く失神してたんだけど」
留の頭には、処置をした後があった。布がまかれている。
「ザイン先生も、腕を負傷したの。本人はかすり傷だと言うけど」
ザインの姿を探せば、片腕を布で吊っている。
「捻挫と擦傷ね。治癒術を施してだいぶ回復したから、確かにかすり傷の部類になるかな」
治癒術を施したのは、留だ。
この時ほど、魔術の存在に感謝したことはない。
「私は安静を、ということで、ハインケル伯爵の獣車に同乗させてもらったの」
だから、いくら探してもいなかったのだ。
「おま……お前……心配させるなよ」
気が抜けて、誠もその場に座り込む。
「ごめんごめん。まさか、話がもう伝わっているとは思わなくて」
留が笑う。
「だって皆、誤解するような雰囲気だったから」
「すみません」
声をかけられた兵が頭を下げる。
「あぁ、ロクトさんは、私の横を歩いてて、ザイン教官にしこたま怒られていたから……」
兵はロクト、という名らしい。
崖の道で、留の横を歩いていた。
留が気絶している間に、訓練兵に危険な外側を歩かせるな、と散々怒られていた、と他の兵から聞いた。
崖から落ちるきっかけを作った罪悪感が、彼の言葉を重くさせたようだった。
「まったく、私の兵がこれほど間抜けとは」
「すみません」
「申し訳ありません」
ロクトと留が頭を下げる。
「まぁよい。留様は治療を受けてください」
「魔術兵に治癒術してもらわなかったのか」
「してもらったけど、一応ね」
「そうか」
「そういうわけで、私は無事よ」
ずっと黙ったままの那毬に声をかける。
「ば……」
「ば?」
「馬鹿!」
那毬が叫ぶ。
その目は、赤い。
泣いているのだ。
「ごめんて」
「馬鹿!あほ!」
「罵倒ボキャブラリーが貧困ね」
留が笑う。
「ほんと……心配したんだから」
涙が那毬の頬を伝う。
「うん。ごめん」
留がそっと、那毬を抱きしめる。
「ただいま」
那毬が留の背に腕を回した。
「お帰り」




