断崖で
しとしとと雨が降る中を、留達は移動していた。
馬と虎を掛け合わせたような、スカラバと呼ばれる獣の背に乗っての移動だ。
ハインケルは少し先で、獣車に乗っている。
都丸はため息を吐いた。
喧嘩、してしまった。
そして、仲直りする間もなく出てきてしまった。
それが、この数日わだかまりとなって留の胸にとどまっていた。
――戻ったら、謝ろう。
そう内心で決めた。
あちらにばかり言わせて、こちらが何も情報提示しないなど、確かに怒りを買っても仕方がない。
ただ、兵の規律に逆らうわけにもいかないから、真実を言うことはできないだろう。
他言はしない、と魔術制約のある書類にサインしてしまっている。
言えば、命が危険だ。
また、ため息が漏れる。
「留」
それを見とがめたのか、ザインが声をかけてくる。
「はい」
背筋を伸ばす。
彼は、厳しい。
「領主の近衛だ。背中を丸めるな。ため息を吐くな。任務中だぞ」
「失礼しました」
厳しいザインは、この道中何度か声をかけてきた。
それは大体叱責の言葉や任務の内容の話だった。
けれど、その僅かなやり取りが、留にはありがたかった。
他の兵と面識などなく、妙に距離を置かれているのだ。
留が三人目の神子であることは周知の事実だった。
どう接すればいいのか計りかねている。あるいは、ただ、おまけの神子として敵視している。そうしたところだろう。
「この先は崖だ。二列で進む。気をつけろよ」
隊長の言葉に、前を見る。
道はあるが、そのすぐ横は絶壁だった。高さもある。
「こわ」
思わず口に出す。
「獣車が通れるほどだ。スカラバ二匹、列になったところで問題はない」
臆病者め、と言わんばかりに、ザインが言った。
幅に余裕はあるのだろう。
だが、怖いものは怖い。
ところどころに石が転がり草が生える、舗装されていない道。
脇を見れば、下の見えない断崖絶壁。
落ちれば、多少下の木々がクッションになるだろうか。それでも生存は絶望的だろう。
そんなことを考えて、寒気が走る。
雨のせいで気温が上がらないせいもある。怖いからじゃない。
そう思うことにして、留はスカラバを歩かせる。
この世界は、元の世界の亜熱帯植物のような草木が多い。標高がわずかに高いこの周囲では、針葉樹もちらほらと見えた。季節を何度か過ごしたが、紅葉する草木もわずかながらにあった。そういうところは、元居た場所と変わらない。
前を歩くスカラバが少し速度を落とした。
詰めすぎないように少し速度を落とす。
しとしとと雨が降っている。
「うわっ」
急に隣のスカラバが体勢を崩した。
濡れた石に足を滑らせたらしい。
「え」
そう、理解したのは、身体が宙に放り出された後だった。
ここは断崖絶壁。
落ちれば、死が待っている。




