こんにちは異世界5
目の前にかしずく甲冑の男は、イネスと名乗った。
リアラ王国王国軍第三師団の団長、であるらしい。
一人だけローブの男はケイと名乗ってすぐ、イネスに遠くへ追いやられた。イネス曰く、神子様への教育上非常によろしくないとのことだった。ケイはイネスの部下とともに、周囲の警戒に当たっているようだ。
「本当はお城の中に召喚される予定だったのですが、座標軸がなぜかずれてしまって…」
「……」
「第一師団から第十師団までが方々探しまわっていたのです」
「……」
「あぁ、リアラ城に召喚出来ていれば、すぐにちゃんとした服も、温かい飲み物も用意できましたのに!」
「……」
「………」
那毬と留は、「保護」されてから一度も言葉を発してはいなかった。
イネスは二人の幼い姿にか、一言も発さない二人を不審に思うこともなく、慈愛に満ちた目で見つめている。
留は那毬の袖を引っ張る。
素早く視線を交わした。
「急なことで戸惑いでしょう、神子様。まずは城へお連れします。それから、詳しい事をお話しましょう」
「……神子…って…?」
ようやく言葉を発したのは、留の方だった。
「あぁ、神子様!ようやくお言葉を…!」
それだけで相好を崩すイネスに、留と那毬は半歩下がる。いちいちリアクションが大げさで、興奮した様子は小さくなった二人には少し怖いものに思えてしまう。
「……神子様について、ですね」
留の様子に、自分の表情を自覚したのか、咳払いを一つする。
部下に命じて砂浜に敷物を敷くと、そこに二人を座らせ、甘い匂いのする飲み物を差し出した。
恐る恐る、そのカップを手にとる。どうやら木でできた食器の様だ。
「神子様、というのは、特別な力を持った異世界からの召喚者の事です。特に鍵の力を持つ神子様と箱の力を持つ神子様は対の神子様で、魔王に対抗出来る唯一にして絶対の存在なのです」
「……魔王」
「十年ほど前に眠りから覚めた魔王は、徐々に力をつけ、今やその影響は世界のすべてに及んでおります……」
朗々と話し続けるイネスを横目に、那毬と留は声を潜めて話しあう。
「……呼んだのは二人だけみたいね」
「でも飛ばされてきたのは三人」
浜辺に置き去りにした彼は、まだあの場所で眠っているのだろうか。
そろそろ誰かが見つけてもいい頃合いだ。
そうなれば、異世界からの異邦人は三人。彼らの予想とは数が違ってくる。彼らの予想は等しく、必要な人数だ。一人余ってしまう。
「誰か一人は、おまけか」
「ていうか、魔王ってなんて王道…」
「確かに。神子も」
二人して口元が緩む。それは苦笑いに近いものだ。
「あぁ、でもおまけじゃなかったら、魔王と戦闘か」
留が小声で言う。隣に座る那毬にしか聞こえないほど小さな声だ。
「それはヤダ」
留の声に合わせて、那毬も小さな声で返す。
「でもおまけはおまけで、不要だからと殺される可能性も…ある」
「あるかな」
「得体の知れない異世界人…かもしれない素性不明の輩を、保護する余裕があるかなぁ」
「魔王の手先ー、とか言ってやられるかも…かぁ」
疑り深いのだ。歳をいくばくか重ねているために。
少々似た境遇の本や映像を人より多く読んでいるが故に。
二人して口をつぐんだ。イネスが二人の方を見たからだ。
「という、わけなのです。お分かりいただけたでしょうか」
「……」
イネスが期待の目を向けるが、後半はほとんど聞いていない。
まぁ、ほとんどが歴代の神子の賛辞だったようなので、さして問題はないだろう。
二人は日本人が得意なあいまいな笑みを浮かべた。
「イネス団長!」
金属が擦れる音と共に、一人の男の声が響く。
その声には、当惑の色がみえる。
「なんだ」
イネスが部下を振り返る。
男の腕には、小さな男の子が抱えられていた。
二人が浜辺で置き去りにした、彼だ。
「その……浜辺で、気を失っておりまして。神子様ではないか、と……」
イネスは部下の腕の中の少年を凝視し、また振り返り二人を見る。
「神子様が、三人…?」
かすれた声が、こぼれた。
「さて、どうなることやらね」
どこか楽しそうな留の言葉は、那毬にしか聞こえなかった。