約束
まだ、平和
夜。
三人は食事を一緒にとれることになった。
当然、イネスもケイも、ハインケル伯爵も同席している。
ザインは入り口に立っていた。
時折食器がぶつかる音が聞こえる。
それだけの音しかしない。
とても静かだった。
「留様」
ハインケル伯爵が静寂を破った。
「はい」
食べる手を止め、留がハインケル伯爵を見る。
「二日後、領内の見回りに行きます。ザインと共に兵として同行を願いたい」
「え?」
思いがけない言葉に、思わず聞き返す。
「兵の役目の一つです」
「ですが」
その役目は、到底訓練兵ができるものではない。
領主の身辺警護など。
「今後二人と共にありたいのであれば、守る戦いを覚える必要があります」
留はけして、守られる側の人間ではない。
「まぁ、ほとんど何もありません。ちょっとした旅行とでも思えば」
領地回りに同行する兵が、ちょっとした旅行気分で行けるはず等なかった。
「……拝受します」
仕方なしにそう言って。留は内心ため息を吐く。
これで、二人に会う時間が減った。
ほっとするような。
けれど話し合うことは山ほどあるのだ。時間はいくらあっても足りない。
それに、他の兵と共に行うハインケル伯爵の護衛。
その重責にも、気が滅入る。
ただのお飾りなのだとしても。
「ハインケル伯爵」
話が終わりに向かう頃合いで、誠が名を呼ぶ。
「何ですか」
「それ、僕たちも行ってはいけませんか」
全員の視線が誠に向けられる。
ハインケルが静かに尋ねる。
「領地回りですか」
「はい」
「それは……」
ハインケルが思案の表情を見せる。
「誠様。魔物達が復活の兆しを見せる中、むやみに外に行くことは許可できません」
イネスが首を振る。
「そう……ですか」
誠はそれ以上強くは言えなかった。
「危険かもしれないのに、留は行くんですか」
那毬が我慢できない様子で尋ねる。
怒ったような声だ。
「兵、ですから」
イネスの言葉に、なだめるような留の声が後を追う。
「そのくらいは、覚悟の上よ」
「でも」
同じなのに。
一緒にこの世界に来た。
なのに。
留だけが、違う。
「大丈夫だって」
そう笑う留の顔は、元の世界で見たことのない顔だった。
少なくとも、那毬の前では見せなかった顔だ。
変わってしまった。
変わることを、強いられてしまった。
きっと、留だけじゃない。
誠も、自身も――。そう考えて、那毬は言い様のない不気味さを感じた。
元の世界に戻ろう。
そう、三人で誓った。
けれど。
那毬達は確実に変化している。
元の世界に戻ったとして、変化した自分たちは、受け入れられるのだろうか。
家族に、友人に、社会に……世界に。
「すみません……」
それだけ言って、那毬は口を閉ざす。
「初めての討伐の後です。常と同じではいられないですよ」
イネスが笑いかける。
それは確かに優しい顔だ。嘘はないように思える。
「そうだ、少し我々も出かけましょう。近くの、湖までなんかはいかがですか」
そこは何度か行ったことがあった。
ハインケル邸から獣車で一時間ほどの、長閑な場所だ。
「遠足程度なら、まぁ問題ないだろうしな」
食事をすべて平らげたケイが、ようやく話に入ってきた。
別に遠足に行きたいわけではない。
けれど、この場面で、那毬に頷く以外の選択肢はなかった。
「10日後であれば領地回りも終わっています。留様も参加できましょう」
ハインケルがそう言った。
留が意外そうに聞き返す。
「私も、行っていいのですか」
「はい」
イネスもそれを止めはしなかった。
「それは、楽しみです」
笑う留は、無邪気だった。
「そうだな」
誠も、頷く。
それに倣って、那毬も静かに頷いた。




