作戦開始
ハインケル邸を出立して5日。
獣車が停まる。休憩の時ではない。
「着いたようですね」
「……」
「……」
そこは、鬱蒼と草樹の茂る森の手前。
「意外と早く着きました」
馬で三日かかる道程は、獣車では倍近くかかる。
「ここから歩いて二時間ほどで、集落です」
先に降りたイネスが、那毬に手を貸す。
その手を取って獣車を降りる。
数時間ぶりの土の感触が、足の裏に伝わる。
少し、浮遊感があった。長く乗り物に揺られていたせいだろう。
「夜を待って襲撃します」
日は傾きかけていた。
すぐに準備して向かう必要があるだろう。
「気は抜かないでください」
その言葉に、二人して頷く。
「でも、緊張しすぎもよくありません。いつも通りで大丈夫ですよ」
イネスは腰の剣の柄を握る。
「何かあったときには、必ずお守りします」
その瞳に、偽りはなかった。
「この、命に代えても」
だからこそ、恐ろしい。
なぜか、そんなことを思った。
「生きてください」
誠が言う。
「悲しい、ですから」
本音だった。
誰だって、死んでほしくなんかない。
那毬も頷いた。
「私が、私たちが、きっと。イネスさんを、皆を守ります」
「それは、頼もしいですね」
そう答えるイネスは、少しだけ、苦しそうな顔をした。
ポーカーフェイスの苦手な人だ。
これもこの数年で知ったこと。
準備はすぐに整った。
道案内を先頭に、森へ入る。
すでに暗い。
「けして、迷わないでください」
イネスが言った。
「相手に躊躇いを見せてはいけません」
それは、いつもの講義のように。
「切っ先が鈍ります」
懇願するようにも聞こえるその言葉に、二人は相槌を打つ。
彼は、決して悪い人ではない。
けれど――。
しばらく歩くと、大きな門の前に着く。
集落の入り口だった。
不気味なほど、音がしない。
鳥も虫も、鳴くことを恐れているように。
ただ滝を落ちる水の音と、木々のざわめきが聞こえるだけだ。
門は固く閉ざされていた。
だから、中の様子を伺い知ることはできない。
兵たちが配置につく。
二人もそれに倣う。
「では」
イネスが号令をかける。
「作戦開始!」




