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愚かなる者

 討伐隊の出立は静かに行われた。

 獣車の中で、イネス、那毬、誠が顔を突き合わせる。

 例の香は、ここでも焚かれていた。


「事前の情報ですと、集落はこのように天然の要塞となっております」


 以前にも見た地図だった。集落の後ろは滝壺。出入り口は一か所のみ。


「中の様子は正確にはわかりません。昨年の測量によると、十数軒の家と、祈祷師の祭壇があります」


 主な建造物は洗濯場、集会場。井戸はないが、滝につながる川の水が引いてあった。共同の炊事場、家畜小屋もある。

 それなりの規模の集落だった。


「この集落が、一夜にして魔物に占拠されました。生存者はいません」

「その後、この集落を訪ねた人も帰ってこなかった、と」

「はい。異常を感じた近隣の集落から連絡が入り、魔物の仕業と判明しました」


 その言葉に、誠が口を開こうとする。

 那毬が誠を小突く。


「どうかされましたか」

「水筒を取ろうとしたら、揺れて」


 当たってしまいました。

 そうイネスに言えば、不信がられた様子もない。

 そうですか、と答えて、説明に戻る。

 問うような誠の視線に、那毬は首を振る。

 ここではだめだ。

 逃げ場のない、こんな狭い場所では。

 兵たちに馬車は守られている。それは、兵に囲まれていると同義だ。


「作戦を再確認します」


 イネスは言葉を続ける。

 作戦は、直接敵と相対する機会を極力避けたものだった。


「那毬様の箱の力と誠様の鍵の力をお貸しいただきます」

「はい」

「はい」

「とはいえ、やることはいたって簡単。焼き討ちです」

「……本能寺かな」


 戦争となれば一般的なことなのだろうが、那毬たちにはそうそうなじみのないものだ。

 一瞬歴史の教科書を思い出し、思わず呟く。


「何ですか、それは」

「昔、絵本で読んだの」

「多分、元の世界の」

「そうですか」


 イネスが相槌を打つ。

 その声は、かすかに冷たさを孕む。

 彼は、元の世界の話をするとき、少し機嫌が悪くなるようだった。

 数年共に過ごして知ったことだ。

 だから、すぐにこの話題はやめた。


「集落から出てきた魔物を箱へ封じ込め、鍵をかけてください」


 那毬と誠の力は、合わせれば半永久的な封印となる。

 今までの魔王も、そうして眠らせてきたようだった。

 下級の魔物は、箱にとらわれ、鍵をかけられただけで消滅するらしい。

 今回もそれで事が足りるとの判断だ。


「ねぇ……」


 那毬が口を開く。

 その先をためらっていると、誠が言った。


「集落の人、無事だといいなぁ」


 その見た目の、少年の持つ無邪気さで。


「そうだね。私たちが、助けるんだよ」


 だから、那毬もそれに便乗した。


「……そうですね」


 焼き討ち。

 そんなことをして、集落の人間が無事なわけがなかった。

 集落の人が、今生きているのか、死んでいるのか。

 これから生かすのか、殺すのか。

 そこを見落とすほど、二人は耄碌してはいなかった。たとえ、思考を鈍らせられようと。

 だから、言った。

 答えは、沈黙と、同意。

 その反応が、意味する正確なことはわからない。

 けれど。

 那毬たちは従順でなければならない。

 その時が来るまで。

 どんな過程を経ようとも。

 望む結末を迎えるその時まで。


 愚者を演じるのだ。



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