不信
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ハインケルと別れた後。
那毬と誠は一つため息を吐いた。
「バレてないな」
「多分」
那毬は掌を開く。
そこには丸めた紙があった。
もちろん白紙ではない。
先ほどトイレで回収した。
誠が見張りに立っていたが、まさか同じタイミングで那毬とハインケル伯爵が廊下に出るとは思わなかった。
「危なかったな」
「まぁ、トイレから出てきたって思われるだけだから……」
万が一見られたとしても多分、大丈夫だろう。
「また、か」
「ハインケル伯爵は、不思議な方だな」
「そうね。優しい人だわ」
ハインケル伯爵の言葉に、別の誰かと交わした約束を思い出す。
「中身は確認したか」
「まぁ、一瞬」
「なんて?」
尋ねる誠に、那毬が紙を渡す。
「それだけよ」
「なるほど?」
その紙は、留が二人のために置いていったものだ。
二人に安全に会う時間は作れない。
だから、置手紙を残すことにした。
掃除だなんだと人の出入りのある三人の部屋は避けた。
今でも彼等には監視の目がある。
部屋を調べられたときに、メモが見つかっては事だ。
結果。
トイレに書置きを残すことにした。誰でも入るが、じっくりと調べたりはしない。
掃除でも滅多に手を加えない、裏の方に。
それはそっと張り付けてあった。
「嫌な予感が増したわね」
「でも、どういう意味だ」
残された言葉に、答えが書いてあるわけではなかった。
当然だ。
万が一見つかったときに困る。
「あー、あとちょっとでわかりそうなんだけど」
「もやがかかったみたいに、あぁ、もどかしい」
まるで、心が「それ以上」を拒否しているようだ。
踏み込んではいけない。
考えてはいけない。
そんな。
「ちょっと、まて」
ずっと、この屋敷にいて。
当たり前のようにそれはあった。
だから、意識もしていなかった。
「俺たち、さ」
「ん?」
「なんか、変じゃないか」
「え?」
那毬が首をかしげる。
「こんなに、頭って働かないモノか」
「どういう、こと」
「こんなに、感情の起伏って少ないものか」
例えば、この世界に来て。
大人だろうと子どもだろうと、不安に駆られるはずだ。
力が目覚めて。
戸惑いはもっと大きくてもよかった。元の世界では、信じられない事なのだから。
それが、自分たちは。
適応している。
適応しようとした、その結果と思っていたが。
もし、それが。
他の者の手によって、「そうあれ」と望まれた結果だったとしたら。
例えば、常に焚かれている香が、そうした効果を生むのだとしたら。
「この、お香?」
誠の視線を追って、那毬が廊下に焚かれた香を指さす。
自分たちの部屋にも、常に焚かれていた。
だから、気づかなかった。馴染んでいたから。
「いや、本当にただの習慣かもしれない。神子にだけ作用する、何かがあるのかもしれない」
「魔術で、という可能性もある」
「気のせいかもしれない。年齢のせいかも。脳の発達状態とか」
「子供の頃の事って、案外忘れるのね」
子供の頃がどうであったかなど、覚えていなかった。
「考えすぎだろう……」
「いえ」
――この世界は。
味方だろうか。敵だろうか。
――この、世界の人々は。
善人だろうか。悪人だろうか。
ふと考える。
迷うならば、常に最悪を考えるべきだ。
「私たちは、敵の只中にいるのかもしれない。狡猾で、強大な」
那毬が言った。
「敵の中にいる。そういう考えで、動こう」
そうでなければ、万一の時が、危うい。
警戒してきたつもりだった。
けれど、所詮は素人だ。足りなかった。
三人とも。
「この香について、先に調べたほうがいいかしら」
「いや、効果はおそらく慢性的で、すでに手遅れの可能性もある」
この世界に来てから、ほぼ毎日吸っているものだ。
「こうして会話もできるから、思考を鈍らせる効果があるにしても、微々たるものかもしれない。そもそも勘違いという可能性もあるしな。調べるには時間もないし、そのリターンも少ないだろう」
今は夕暮れに近い。
明日の早朝には出立だ。
そんな段で、不信を買うのもいただけない。
敵には、従順さを見せておかなければ。
「留さんの残したメッセージについて考えよう」
今回の討伐の引っ掛かり。
そのヒントとなるだろう、留からのメッセージ。
働かない頭でも、考えないよりはましだ。
「そうね。部屋に行きましょう」
那毬が先を行く。
時は、止まってはくれない。
いつでもタイミングが合うとは限らない。
「何か」をされたかもしれない。そう気づいたところで、今できることはなかった。
「どういう、意味だろうな」
改めて紙を見る。
くしゃくしゃになった紙の、皺を伸ばす。
――最初は、誰――




