こんにちは異世界4
那毬と留は、元いた場所に戻ろうと砂浜を歩いていた。
行きに付けた砂浜の足跡は、まだまだ終わりが見えない。
「……疲れた」
「子どもって、体力ないよねー」
推定年齢4,5歳だろうか。
砂浜ということもあり、二人の体力の消耗は早い。普段運動不足なせいもあってか、二人の足取りはすでにおぼつかなくなっていた。
「しっかし、なんで異世界トリップしたのかねぇ…」
妙に年寄り臭い口調で、留が呟いた。
「留さんが常々異世界行きたいって言ってたからじゃないかなぁ…」
那毬が言う。
留は現実逃避がしたいがために、時たまそんな台詞を吐いていたのだ。
「いやいや、言うだけで来れちゃうとか、どんなファンタジー?むしろ那毬のワイルドな運転のせいじゃ…」
「そう言えば、車に乗ってるときに異世界トリップしたっけ」
「軽自動車にあり得ないワイルド運転のときにね」
最後の記憶は、黄色信号をアクセル全開でカーブしたものだ。
那毬の運転は、那毬自身のお嬢様然とした見た目からは想像出来ないほど、ワイルドなものだった。
「いやいや、車でトリップって、どこぞの映画じゃないんだから…」
はは、と乾いた笑いを漏らす。
「確かカーブした後、足元が光って…」
それから先の記憶はない。
「まぁどっちにしろ、異世界って時点であり得ないしねぇ…」
考えるだけ無駄か、と二人は早々に考えを放棄する。
「…ん」
「どうしたの?」
少し先を歩いていた那毬が足をとめた。
つられて足を止める留。
「なんか、騒がしい…?」
那毬が首を傾げる。
二人が耳を澄ませば、波の音に混じって聞こえてくる喧騒。断続的に金属音も聞こえてくる。
「嫌な予感」
遠目に、数人の人の影を見止めて、二人は揃って顔をしかめた。
「神子様はどこだ!」
「俺に聞かれても…。ここでそれらしき魔力の痕跡を見つけただけだ。それ以上はわからん。」
焦った様子の甲冑の男が、髭面の男に詰め寄っている。甲冑の男の後ろには、同じく甲冑を着込んだ者たちが整列している。
「大事な『箱』と『鍵』の神子様だぞ!?」
「だから俺もはるばる出向いてるんだろうが。このしょんべんたれの泣き虫が」
「な!?」
髭面の男の言葉に、甲冑から除く顔がみるみる赤くなっていく。
「ふざけるな!この…、変態魔術師!色情魔!」
言い合いを始める二人に、周囲は号令もなしに方々へと散る。おそらくこういった状況は初めてではないのだろう。周囲の甲冑たちは統制のとれた様子で、何かを――おそらくは「神子」とやらを探しているらしい。
「『箱』と、『鍵』ねぇ…」
そして神子。
留は顎に手を当て、考えるそぶりを見せる。
幼い姿に、その仕草はアンバランスだ。
「留さん…、優雅に考えてる場合じゃないって!」
那毬が焦った声を出す。
二人はしっかりと、浜辺に足跡を残しているのだ。
すぐにでも、二人は見つかってしまうだろう。
「まぁまぁ。待ちに待ったイベント発生よ。問題は、彼らが捜しているのが本当に私達なのかてことだけど」
でなければ逆に、二人はこの世界で生きるすべを失ってしまう。情報を一切与えられないまま、ジ・エンドだ。
「どうせここから逃げても留まっても、結果は変わらないと思うし…」
逃げようにも行くあてはなく、既に二人に体力もない。何より子どもの姿なのだ。
「諦め早いよ!っていうか、これ逃げるべき状況?おとなしく保護されるべき?」
「まぁ、すぐに殺されるってことはなさそうだけど」
そう言いつつ、留の表情は硬い。彼らがさっき言っていた言葉が引っかかる。
「……一応敵意も害意もないことをアピールしておびえてましょうか」
「ほんと冷静ね」
留の冷静さに那毬も落ち着いてきた。麻痺してきたともいえる。
「あれさ」
近づいてきた甲冑の一人を見て、留が笑って言った。
「魔王軍、だったら楽しいなぁ」
「不吉なこと言わないで!」
良くも悪くも、この留の言葉は現実にならなかった。