散策にて
三人は、ハインケル伯爵と見知らぬ護衛五人と庭へと出た。
一人に対し一人以上の護衛とは大仰なものだ。それだけ神子という存在は重要視されているのだろう。
「私も途中までご一緒させていただきますよ」
ハインケルは離れの方に用があるとのことだった。
整地されているが、道端には草花が生い茂り、等間隔に木らしきものも植わっている。らしき、というのは、それが三人の見たことのない形態をしているからだ。
「松…いや、シダ類……」
「考えるだけ無駄でしょ。……亜熱帯の植物なのか、高山植物なのかすら見分けつかないのばっかりだし」
「……外の空気はおいしいねぇ」
「確かに」
留の言葉に、二人が頷く。
この世界に来て、ゆっくりと息を吸い込んだのは初めてかもしれない。それほどまでに、昨日は忙しい一日だった。
「お兄さんは、魔術使えるの?」
留がそばにいた護衛の一人に話しかける。
「……」
彼は口を閉ざしたまま、留を見ようともしない。
「……神子様の言葉だ。話して差し上げろ」
ハインケル伯爵がそう命じると、ようやく男は口を開く。
「いいえ、私は魔道具を扱える程度です」
固い声だ。
「……」
「……」
三人は視線を交わす。
「魔道具って、なんですか?」
今度は那毬が尋ねる。すると、男は緊張しながらもうれしさを隠しきれない声で、魔道具について語りだす。
――なるほど。
その様子を、三人は冷静に分析する。
表面上は子どもらしく、思考はあくまで冷静に。
「ハインケル伯爵様」
留は今度はハインケル伯爵に話しかける。
「なんでしょう、神子様」
「もうみんな、私たちのことを知っているの?」
「と、言いますと?」
「んと、『箱』とか『鍵』とか…」
「一部の者のみです。護衛にあたる彼らには話してありますがね」
ハインケル伯爵の態度には変化がない。
「……ハインケル伯爵」
「なんでしょう」
「私は、いらない子なの?」
子どもの姿だからこそ、留はこう切り出す。
率直にものを言って許されるのは、子どもの特権だ。
「いいえ、神子様」
ハインケル伯爵は足を止め、しゃがみこむ。
その眼は留の眼をしっかりと見つめる。
「この世界に来られた神子様に、『不要な神子』など存在いたしません。…今は特殊な状況下故、『箱』の神子様と『鍵』の神子様を神聖視する……あー、特別に扱う者が多いかもしれませんが、あなた様も神子です。私どもの、大切な神子様です」
その言葉に、嘘偽りはないように思えた。
「……私が選定を急ぎ、強硬な手段をとったことは事実です。そのことで、不信を持たれても致し方ないことと思っておます。ですがそれは、こちらの世界の都合。神子様方に、何の咎もないのです。不審に思い、警戒するのも当然。この世界を嫌うのも、仕方のないこと……。ですが、けして忘れないでください。自らに価値があることを。誰かが、その力を必要としているのです」
「ハインケル伯爵……」
――それは、誰に向けた言葉なのか。
一瞬そんなことが留の頭をよぎったが、些細なことだ。
三人は、ハインケル伯爵の印象を大きく変えた。
厳しい人ではあるのだろう、けれど、優しい人でもある。
「ザイン、お前をこの任から外す」
立ち上がったハインケル伯爵は、男に向かってそう言い放つ。
「ハインケル伯爵!それは……。私はいいんです!那毬と誠を守るのに、最適な人を選んだのでしょう?私は大丈夫。一人でも自分の身を守れるわ!」
「いけません。あなたには神子という以外に、那毬様のご友人であらせられる。そんな方が、万が一にも傷つくことは許されない。ザイン、よく考えてこい。また命を下す。今日は外せ」
「……は」
ザイン、と呼ばれた男は、短く返事をして去っていく。
「……」
悪いことをした、と三人は苦い顔でそれを見送る。
「神子様が気をもむ必要はありませんよ。彼は、もともと差別主義の一面がある。それを正すいい機会となればいいのですが……」
なるほどこの男は、本当に、第一印象とはまるで違う。
「ここからだと兵舎が近いですな。行きますか」
「はーい!」
一日は、始まったばかり。
ハインケル伯爵、キャラブレブレやないか……大丈夫か