朝食にて
「つまり、誠様が『鍵』、那毬様が『箱』。そして…」
朝、イネスが三人を起こしに部屋へ向かった時には、箱の力は解除され、三人仲良く同じ布団で眠っていた。そのことに多少…そう多少情操教育がどう、などということが頭をよぎったが、まぁ、この際些細なことだろう。
三人は今、ハインケル伯爵の用意した食卓で朝食をとっている。
そして、話題は神子の能力の話になった。
イネスたちの予想通り、男女で『鍵』と『箱』。これは文献に記されている通りのことだ。
そして、なぜかついてきてしまった三人目。『箱』の神子、那毬のあちらの世界の友人、留。
彼女にも能力が付与されている。
「留様は、えぇ、と」
「……くさび」
本人がその言葉の意味を知らない。そんな発音だ。
幼い子供が、『楔』という言葉を知らないのは当然だろう、とイネスは思う。
「楔、ですね。使って見せることは?」
「……できる」
持っていたカップを危なげなくテーブルに戻し、留が手の平を見せる。
「しゅうそく、たばねるもの、ひきとめるはおもい」
留がつぶやくと、手のひらに見たことのない形の、朱色の物が現れた。
「これが、『楔』?」
こちらの楔とは形が違う。神子の世界の楔だろうか。
「…あっ…」
留が小さく声を上げた。
手から放たれた楔は、イネスの鼻先を通り、壁に突き刺さった。
「ご、ごめんなさい……」
留が小さく謝った。
「いえ、私は大丈夫です」
「私としても問題ない」
イネスとハインケル伯爵が答える。
――危なかった。
イネスの背筋に冷たい汗が流れる。
留の手から放たれた楔は、殺意もなく、イネスに向かって飛んできた。
避けなければ、今頃イネスは死んでいた。
――これが神子の力。
壁にはしっかりと楔が刺さっている。
「お」
壁の様子を見にいったケイが声を上げる。
「お手柄だ、『楔』の神子様」
「え…?」
ケイの手には引き抜いた楔、そして…
「使い魔!?」
漆黒の蜥蜴がいた。魔術によって作り出される擬似的な生き物。主に情報取集などに使われるものだ。つまり…
「使い魔が入り込んでいるとはな…早くも神子様を監視しに来たか。諸侯の阿呆どもめ」
「それならばまだいいのですが」
…神子を歓迎する者たちばかりではないのだ。魔族に傾倒する人間とている。
「なるほどな。楔として相手の行動を封じる、か。これはどうも本物かな?」
ケイが面白そうに言う。それに反し、渋面を作ったのはハインケル伯爵だ。
「しかしその力、少々弱くはないか?」
そう。神子の力は、世界を変える可能性を秘めた絶対的な力のはずだ。
「おそらく、だが…神子様自体が『楔』って言葉を知らない。意味が分からないんだろう。それなら、力が限定されてしまうのもうなずける」
「ではこれから……」
「『箱』や『鍵』は割と簡単な言葉だしな。知識が備わって行けばおのずと力も開花するだろう」
「なるほどな」
神子をよそに話し合う三人の姿に、神子組三人は安堵の溜息をついた。
――うまく、だませた。
「よく使い魔?なんて狙えたな」
小声で誠が言う。
「……偶然よ。私はイネスさんに向けて放っただけだもの」
「え!?」
「身体能力高いのがよくわかった」
「殺す気!?」
「大丈夫よ。力はちゃんとコントロールしてたわ」
「……」
本当だろうか、と目の前で行われた行為に那毬と誠は疑問を隠せない。
「……とりあえず、第一、第二目標、ともに達成、でいいんじゃない?」
「予想外の収穫もあったな」
「でも、まだまだ第三、第四目標があるんだからね」
「うぃ」
「らじゃー」
大人たちの会話が終わる頃、三人は澄ました顔で朝食を再開した。