コロシアムの戦い
三人の目の前に出てきたのは、地球で言うところの熊のような生物だった。
白熊のような巨躯、鋭い牙、鋭い爪。腕は長く、熊にはない長い尾があった。
四足で歩いているところを見ても、後ろ足のみでの移動も可能なように見える。
「……あかん。熊はあかん。人間の次にあかん」
檻から出てきたその獣を見た途端、留は弱音を吐く。
「何でだよ」
ピンチなら何が出てきても同じだろ?と誠が訊く。もちろん、獣からは目を離さない。
「熊はね、意外と素早いのよ。で、身体大きいでしょ。一発で死ぬわよ、子どもなんて。特にあの両腕。振り回されたらかすっただけで顔面の肉を持って行かれると思いなさい。あと、熊は執念深いなんて話を聞いたわね。人間の味を覚えてるなら…その肉にありつこうと必死のはずよ」
「詳しいな」
「熊の人食い事件調べたことがあるの」
「何でそんなものを…いや、今はいい」
誠が若干引いた顔をする。那毬にとっては、留の通常運転だ。気にはならない。
「問題は立ち上がった後だよ。あの尾は明らかに立った後を想定されてるでしょ。鼻が急所か何か知らないけど、立ち上がられたら、届かない」
「困ったわね」
獣が雄たけびを上げた。向こうはやる気満々なようだ。
観客席から歓声があがる。
「まぁ、人が出てくるよりはましか」
「何でだよ」
留の言葉に、誠が尋ねる。
「…人殺せる?」
「……いや」
単純明快な答えだった。この上なく。
相手が獣でよかった。人語を話さなくてよかった。
もし相手が人ならば。
ただでさえつたない刃は、切っ先を鈍らせてしまう。
人を殺す覚悟などできていようはずもなかった。
「じゃあ……」
行くよ。
そう言って、留が前へとでる。
肝が据わった女だ、と誠は思う。
この状況が、そうさせているだけかもしれないが。
「下手に傷つけるなよ。やるなら致命傷ねらえ」
「無理難題」
苦笑した那毬も前に出る。
彼女も、常に落ち着いているように見えた。
獣が二度目の雄たけびを上げた。三人にまっすぐ向かってくる。
那毬と留は左右に走った。誠は剣を構える。
「元剣道部なめるなよ」
そう息巻いてみるものの、この身体では、いや、大人の身体でも、こんな獣に勝てる気はしなかった。
けれど、やるしかない。
一人じゃない。三人だ。
眼前に迫った獣に、一歩踏み込んで、垂直に剣を振り下ろす。
獣は難なく右に避ける。
剣はかすりもしない。
返す刃で下から切り上げるが、こちらもかわされてしまう。
「くそ!」
身体がイメージ通りに動かない。武器が重い。
それが、子どもということ。
獣が大きく口を開いた。腕の一本でも噛み千切る気だろうか。
「……っ」
まさに食われようとする、その瞬間、大きな音が響いた。
音の出どころは、誠の懐の中。持っていたスマートフォンからだ。
おそらく、この世界の誰も聞いたことのない、機械の出す大音量。
獣の動きが止まった。
その隙を、見逃さなかった。
左右から那毬と留が獣に迫る。
スマートフォンの大音量は、二人の接近を獣に気づかせなかった。
誠も剣を構えなおす。
三方からの同時攻撃。
誠は鼻を。那毬と留は両目を狙う。
――入る……否!
「よけろ!」
獣はその太い腕を振り上げた。
「留!」
かろうじて那毬は避けた。しかしその先で、留が倒れ伏すのを見た。
「だ、大丈夫!」
どうやら服がかすっただけの様だ。
両手をついて立ち上がろうとする留。
「……留さん!」
獣は標的を 変えたようだった。衝撃に動きの鈍った留の方に。
大きな口をあける。鋭い牙が並んでいるのが、留からはよく見えた。
「留!」
獣と留の間に入り込んだ小さな影が、両手を広げる。
留をかばうように。
「那毬!」
留の声が響く。
誠が獣をとめようと切りかかる。
――助けなきゃ……――
――助けたい――
――二人を守りたい――
ぼう、と胸が熱くなる気がした。
――力を、授けよう
なんてありきたりな神様。
突然ふってきた声。きっと三人にしか聞こえていない。
その瞬間、那毬と留は少し笑った。王道もいいところじゃないか。
「今はすっこんでて、神様!」
那毬の後ろから、留が踊りでる。
手には、ナイフ。
「これでも、食べてな!」
そう叫んで、獣の口に、ナイフを握った手を突っ込んだ。舌に突き刺す。
素早くナイフから手をはなした。
獣は勢いのまま口を閉じようとした。
しかし、ナイフが邪魔で口が閉じられない。
力を入れれば入れるだけ、下顎にナイフが刺さっていく。
誠が四つん這いになった獣の頭上に剣を振り下ろした。
傷はつかないが、咥内のナイフはさらに深く突き刺さる。
「とりあえず距離とるぞ!」
もがく獣から距離をとる。
「こっからだぞ」
固い声で誠が言う。
獣は目に怒りをたたえ、三人を見据える。
観客からは大きな歓声。
「気ぃ、引き締めろよ」
「おう」
「うん」