第六章 真実
第六章
修学旅行が過ぎ、中間テストも美辞に終わった時、雨高内では奇妙な噂が流れていた。
「なぁ、綾女」
「ん」
今嵌っている本から目を話さずに、返事をした。
「俺様達が修学旅行に言っている間、ある噂が出回ってるんだよ」
「へぇ」
「んだよ。その返事は、興味有るだろ」
「全然」
即答された秋羅はめげずに、秋羅を説得し噂の話しをした。
「その噂が、百合先輩が生徒会をやめる、って言う噂なんだけどな、その噂がほんとかもしれないんだって」
「その理由の、おもに根拠は」
五月蝿い秋羅に渋々付き合い、読んでいた本を閉じ、秋羅の方を向いた。結構面白い展開になっていたので、それを邪魔されて少し機嫌が悪いのは、スルーした秋羅は綾女の質問に軽々と答えた。
「それが、一昨日学園長が校内放送をしたらしいぜ」
「それでも、藤堂先輩が生徒会をやめるとは限らないだろ」
秋羅の話しには付いていけなくなった綾女は、また読書に没頭した。
「なぁ、綾女はどう思う」
「別に、関係ないからどうでもいい……おい、机を揺らすな。本が読めん」
そんなやり取りをしている最中、椿が教室に入って来た。
「お疲れ、先生何て言ってた」
「英語弁論大会に出ろ、だって」
「椿、ってそんなに頭良いんだな」
「どう言う意味だ」
鋭い目付きで、秋羅を睨みつけ、溜め息を一つ吐くと綾女の津核の席に座った。
「ところで、水仙は何処だ」
「あぁ、水仙なら中庭に居るよ」
「何しに」
「んなの、こ――」
「言うな」
手に持っていた本の角で、秋羅の頭を殴った。
「い……ってぇな、何すんだよ」
「別に気にしなくても、すぐ帰ってくるから。しかも、雛菊が水仙を呼びに言ってる待ってればいつか帰ってくるよ」
「……うん」
「おい、人の話を聞け」
軽く存在をスルーされた秋羅をからかい始めた二人、一方水仙は……。
「あの……その」
「……」
中庭に、女子生徒と二人で居た。
「す……好きです。付き合ってください」
顔をタコの様に真っ赤にしている女子生徒は、頭を下げてお願いした。その様子を、高所の影で見ていた雛菊。
「ゴメン」
「どうしても駄目ですか」
「本当にゴメンね」
「どうして駄目なんですか、お試しでも良いんです。お願いします」
中々食い下がらない相手を見て、困惑している水仙の顔をもう少し見ていたかったけど、助けに行こうとした瞬間、別の方向から足音が聞こえ、また咄嗟に後者の陰に隠れた。
「しつこい女は嫌われる、って先生に教えてもらわなかった。安藤 知美さん」
「副……会長」
バツが悪そうに顔を歪ませ、下を向いた。
「何か言いたそうだな」
「……わ、私は先生にそんな良い女のなり方何て、一度も教えて貰っていません」
「そう、だけど残念ながら良い女は誰でもなれる訳ではなく、元からなれる人となれない人の二人に分かれている。貴女はもちろん後者」
「……どうして、そんなこと言うんですか。酷い……あんまりです」
目に一杯の涙を溜めながら走り去った。
「意外ですね」
今まで話さなかった水仙は口を開いた。
「そう、君も僕に幻滅、と言う言葉を言いたい訳か」
「そうではありません」
冷めた目を秋羅に向け、淡々と話している百合の言葉を否定し、一歩百合との距離を縮めた。
「正論で相手も何も言えない位真っ直ぐ曇りない目で見ている先輩が、理不尽な理由で相手を傷つけるのが、意外だと言ってるんですよ」
「……」
鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をしている百合の頭を優しく撫でた。
「先輩は、もうちょっと肩の力を抜いてみてはどうですか」
頭から手を離し、御礼を言ってからその場を去った。
「何鼻の下伸ばしてんじゃよ。」
「何時から居たのですか」
「最初っからじゃよ」
自分のクラスの方に足を進め出した雛菊は、素のう後ろから付いて来る水仙に突っ掛かった。
「水仙は、年上の女子が好きなんじゃな」
「……そんな訳無いですよ」
「ふうん。ところで、今の子じゃが」
「百合先輩のことですか」
「違う」
勢い欲振り返った雛菊はバランスを崩し水仙の胸に飛び込んだ。
「ビックリした、大丈夫ですか」
「……」
「もしかして、どこかぶつ――」
「は、離れるんじゃ」
自分から飛び込んで来たにも拘らず、力一杯水仙を押した。そして、水仙と距離を取った。
「ちょ、もうなんですか」
「う、五月蝿いのじゃよ」
水仙に背中を向け、火照った顔を抑えた。
「ところで、何が違うんですか」
「……」
「あの、聞いてますか」
「……ぞ」
今度は、水仙を見上げ行き成り頬を叩いた。
「……え」
状況が掴めなくなった水仙は、何が起きたのか把握出来ていないままだった。
「その話し方、今度我と二人っきりの時使ったら、ビンタだけでは済まさぬぞ」
そんな捨て台詞を言うと、一人教室の方へ向った。
「……」
置いてけぼりにされた水仙は、雛菊の言ったことを理解するのは、今から一年後のことです。
「もうすぐ文化祭。文化祭が終わると本格的に始めないと」
「また、独り言か」
「夕、勝手に入って来るな、と何回言わせれば気が済む」
「千三百五十八回」
本気で返してきた夕の言葉を受け流した蓮華は、自分の分のコーヒーを入れた。
「俺もコーヒー、ブラックで」
「チッ……」
「おいおい、教師ともあろうものが、何した打ちしてんだよ」
「コレ飲んだら帰れ、今すぐ帰れ」
何の遠慮も無く、客用のソファーに座っている夕の前に、出来立てのコーヒーを置いた。
「一つ、聞きたいことがある」
「……」
「百合に付いてだ」
「……」
「単刀直入に聞く、何を話した」
コーヒーに手を付けずに、目線だけを蓮華に向けた。蓮華は、その問いに答えずにコーヒーを少しずつ味わうように飲んだ。
「……」
「……」
長間の沈黙が続き先に口を開いたのは、まさかの蓮華だった。
「夕には言う必要が無い」
それだけ言うと、学園長室を出た。後ろで、騒いでいる夕を置いて。その日から毎日学園長室に来るようになり、蓮華も毎日来る夕を置いて、学園長室を出るようになった。走行している間に、クリスマスパーティー当日。何事も無く終わろうと思っていた時、体育館に放送が流れた。放送が流れた瞬間、騒がしかった体育館内が一斉に静まり返った。その理由は、学園長からの放送だったからだ。雨高は、学園長からの放送する音は違うのだった。
「こんばんは、生徒の諸君。今年のクリスマスパーティーも楽しかったかな。さて、前置きはソコまでとして本題に入らせて貰うよ。三年五組十九番 藤堂百合。至急学園長室に来なさい。繰り返しは言わない。でも、迎えは行かせたからその人達の後に付いて来なさい。それでは、生徒の諸君。良いお年を」
その言葉と同時に、黒ずくめの巨大な男達がゾロゾロと入って来た。そして、百合の目の前に立ち止まり顎で合図をした。百合は何も言わずに男達の後ろを歩き学園長室に向った。渚は何事も無かったかのように、クリスマスパーティーを終わらせたが、内心居ても経っても居られなかった。
黒ずくめの男達は、学園長室の前に来ると扉をノックした。
「入れ」
学園長室の扉を開け、百合だけ入れさせ男達はどこかに消えた。そう、去年の文化祭の時の男達と一緒であった。
「何か用ですか」
「まあ、座れ」
客用のソファーに目をやり、自分の分と百合の分のコーヒーを作り出した。その間に、恐る恐る座る百合の姿を横目で捉えながら、ニヤける口元を押さえた。
「どうぞ」
「……どうも」
遠慮気味に出来立てのコーヒーを受け取るが、口には付けずに居た。そんな百合の前に座り、余裕の表情でコーヒーを飲んでいる蓮華に、百合はコーヒーが入っているコップを両手で持ちながら話し出した。
「それで、用は何ですか」
「……」
「例の件は、後三ヶ月もある」
「……後三ヶ月ね」
意味ありげな言葉を発した蓮華にたいして、鋭い目付きで睨んだが蓮華は気にも留めずコーヒーを飲んだ。
「用が無いのなら、帰らせてもらう」
一口も口を付けていないコーヒーを置いて、ソファーから立ち上がり扉の取っ手を掴んだ瞬間、蓮華に引っ張られソファーに倒れこんだ。
「あの時、あたし言ったよね。あんたの弱味を握ってる、って」
「……」
「それとも、信じてない。あたしがアンタの弱味を握ってることに」
「……」
「沈黙は肯定になる。それが、あたしのルール」
カーテンも締め切った部屋では、月の明かりも無く部屋の中は真っ暗で何も見えなかった。だが、一瞬何か光る物が見えた。
「ねえ、嘘はよくないよね、百合」
「……ああ」
「吸血鬼は、人の血を飲まずに入られない。一週間に三回は飲まないと暴走してしまう。そう、小さい時教わったよね」
「ああ」
「そして、暗闇だろうが明るい所だろうが、しっかりと見える。そんな吸血鬼にも弱点がある。その弱点がコレだよね」
その瞬間、一気に黒いカーテンが開き、明かりも付いた。
「ほら、やっぱり。百合、嘘吐きは泥棒の始まり、って先生に教わらなかった」
「何のはな……」
蓮華の言ったことが理解した百合。そう、吸血鬼の弱点は鏡である。だから、雨高には鏡が一つも無い。でも、この部屋には百合の左隣に巨大な鏡に映る自分と目が合った。何も言えなくなり俯いた。
「あの時……二年生が修学旅行で居なかった時の話。三学期から生徒会をやめなさい」
「どうして、あの時は三月頃でいいからやめろ、っていう話だっただろ」
「状況が変わったこともあるし、第一生徒会に入る為の条件、忘れた訳じゃないだろう」
「……」
「まあ、嫌なら別に良いんだよ。その時は、百合の一番知られたくない人に言うだけだから。さあ、どうする」
百合の顎を持ち上げ、自分の方に見るように仕向けた。百合の目は、殺意が感じられた。
「……分かった。三学期に入ったやめる。その代わり、誰にも言わない、って約束しろ」
「うん。構わないよ。それじゃ、交渉成立という事で」
先に蓮華が立ち今度は、自分の分だけのコーヒーを作り出した。百合は、悔しそうに顔を歪めながら乱暴に扉を閉め出て行った。
「やっと、第二部切ない物語の始まりだ」