擬音擬態と頼みごと
「つまり、どういうこと?」
「だからそのままだよ」
「そのままって言われても……」
僕は困り果てて友人の顔を見た。彼は首をかしげるだけで、僕が困っている理由に全く思い当たっていないようだ。
「お前は文章を書かなきゃいけなくなって、それで文芸部の俺のところへ来たんだろ?」
「そうだよ。急に頼まれたんだ、文集に載せる記事を書いてくれって」
「で、俺にどうしてほしいんだっけ?」
「アドバイス……どうすれば面白くなるのか、教えて欲しい」
「それはさっき教えたはずだぜ? 思いつくままにばーっとがーっと書けばいい」
「それがわからないんだよ……」
駄目だ、このままじゃ同じことの繰り返しだ。思いつくままに、なんて言うけれど、まずその「思いつき」すらやってこない。
「題材が決まればなぁ……」
「そこからかよ」
「え?」
「いや、たしかに題材は大事だな。何か書きたいものはないのか?」
「無いね。そもそも僕はこんな……文章書くなんてこととはほとんど縁がなかったしね」
「だが今こうやって巡り会ったじゃないか。この機会にこっちへ来たらどうだ」
「いや、遠慮しておくよ……それより、何について書くべきかな?」
彼はふむ、と考える素振りを見せてから口を開く。
「文集が発行されるのは3月だろ? 卒業とか……別れについて書いてみたら」
「それ、既に隣のクラスの奴がやってたよ」
「被るのは嫌か?」
「できれば避けたいね」
「そいつより面白いのを書けば問題ないだろうに」
「僕にそんなことができるとでも?」
「……」
そこで黙るのかよ。まぁいいけど。僕だって、自分にできないことくらいわかってるさ。
「というかそれ、ノンフィクションだろう? 生憎俺はフィクション専門なんだが」
「んー、だよねぇ……。人選間違えたかな」
「なんだそれ、失礼だな」
「冗談だよ。とにかく手伝うだけ手伝って欲しいんだ」
顔を顰める友人に軽く笑いかけて、それから机の上の原稿用紙に向き直る。課題で出される小論文なんかよりは遥かに短いけれど、書く事が決まっていない分それよりも難しそうだ。
「ファンタジーでいいならいくらでも手伝えるんだがな」
「多分駄目だよ……仮にOKだったとしてもどう書けばいいのかわからないし」
後の方にぼそりと付け足す。小声だったけれど彼の耳には届いたようだ。
「書く前から諦めるなよ」
「だって、ファンタジーってあんまり読まないし」
「俺があれほど勧めたというのに……いい加減純文学以外にも手を伸ばせよ!」
怒られてしまった。こいつも結構読んでたはずなんだけどな、純文学。あぁでも、僕みたいに傾倒しないで幅広く手を伸ばしてたっけ。ライトノベルもミステリも、何でも読むって自己紹介の時に言っていた気がする。
「はぁ……まぁいい、今はいい。とりあえず、クラスでの出来事を一通り書いてけ。文法なんかはそんなに気にしなくてもいいさ、とにかく書け」
「はいはい……」
「あ、でも読める字で書けよ、お前のノートの字じゃ駄目だぞ」
「それは気をつけるよ。僕にも自分が何を書いたのかわからなくなるしね」
談笑を交えつつ、目の前の原稿用紙を埋めていく。相変わらず友人のアドバイスは抽象的で、「なんかフニャフニャしてるから直せ」だとか「もっとチャラーっとした感じに」だとか、僕には理解できないことばかりだったけれど、それでもなんとか、合格点は貰えたようだ。
「よし、早速提出して来ようか」
「そうだね。協力、どうもありがとう」
「俺でよければいつでも力になるぜ」
「はいはい」
文字で埋まった原稿用紙を改めて見返して、僕は、こういうのも悪くないな、なんてことを考えていた。




