第四話・加速する現実感Ⅱ
相変わらず駄文で短いですが、どうぞ。
「大分潜ったな。そろそろボスの所についてもいい頃だと思うんだけど。」
クロは迷宮内に一つだけ設置されているセーフティーゾーンの部屋のなかで腰を下ろして休んでいた。部屋といっても、扉があるとかそういうわけではなく、通路の脇に行き止まりの道が少し出てるだけみたいな感じだ。
「HP結構減っちまったな。後でポーション飲んでおくか。」
クロはそう呟きながら視界の端にあるHPバーを見る。青いラインが三割ほど短くなっており、空白が生まれていた。
このHPバーは、基本的に自分とパーティーメンバーのものしか見ることができず、敵のモンスターやプレイヤーのHPは確認することができない。基本的にというのは、HPやステータスを覗き見するスキルも存在するからという理由である。もっとも、スキルを使うことができないクロには関係のない話であった。
クロがしばらくの間そうして固い床に腰を下ろしていると、少し離れたところからコツコツと固い床をならす足音が近づいてきた。それはどうやらこのセーフティーゾーンに向かっているようで、迷いなくこちらに向かってくる。
(……誰か来たな。)
クロは部屋の入り口の方を見つめながらぼんやりそんなことを考えていた。迷宮内、緊迫した状況が連続するため常に気を張っていなければならないプレイヤー、ましてそれがソロならその精神磨耗は計り知れない。それゆえに、クロはこういつた安全圏のなかでは非常に緩い思考回路になるのだ。これも、クロがソロでやっていくために身につけた術であった。
足音の主はどうやら複数いるようで、数人が話し合う声がクロの耳に届いた。そして、声の主は部屋の入り口からこのセーフティーゾーンに入ってきた。
「あっ、クロ。」
入ってきたのは数人の男女。先頭に立っているのはクロの見知った顔だった。
「おっ、ユイも攻略中か?こんなとこで会うなんて奇遇だな。」
先頭にいたのはユイだった。ユイも現在はギルドに所属していて、今では幹部級なのだとか。服はギルドのユニフォームらしい赤地に黒のラインが入ったものを着ていて、腰には片手用のロングソードと一丁の拳銃が装備されていた。
ユイの職業は『剣銃士』といい、剣と銃の二刀流で戦う職業だ。最初は『双剣士』という職業だったらしいのだが、ランクアップ時の派生職で今のものになったらしい。派生条件はまだわかっておらず、ユニーク職ではないかと言われている。
ランクアップとは、所謂上位職への転職のことであり、レベルはそのままで次の職業に転職することができるのである。
ユニーク職というのは、プレイヤーのなかでいまだに取得条件が知られておらず、それの所得者が一人しかいない職業のことをいう。
「そうだね。ていうか、何でソロのクロの方が早く進んでるの。おかしいでしょ。」
「たまたま進んだ道が当たりだったんだよ。おかげでずいぶん早くこれた。」
クロが笑いながらそういうと、クロとユイの間に一人の男が割り込んできた。ユイのパーティーメンバーだった男だ。
「おい貴様、なにユイさんに気軽に話しかけている。」
「そうだぞ、立場をわきまえろよな!」
赤い髪を短く刈り上げた長い槍を持った男と、長い金髪に紅い目をしたロッドを持った男だった。二人ともかなりの美形だ。
「ちょっと、ハクタク!クロック!二人ともやめてよ!」
「でもユイさん!こいつ見るからに怪しいぜ。もうゲスで三下の臭いがぷんぷんするぜ!見ろよあの目、ユイさん見てやらしいこと想像してるのを隠そうともしてない気持ち悪いあの目!」
「ハクタクが言うことももっともです。こんな気持ちの悪い男と話すなどというのはユイさんのためにもなりません。」
ハクタクとクロックと呼ばれた男たちは、クロを見てそんなことをいった。完全な見た目による偏見なのだが、クロもこなれたもので全く動じていない。
(うわ、久々に目の前でこういうの言われたよ。よく初対面の相手に面と向かってそんなこと言えるなぁ。)
クロは動じないどころか、心のなかで二人の男に対し感心しているくらいだった。なんとも能天気な男である。この能天気な思考も、安全圏にいるときのクロの特徴とも言えた。
「二人ともクロのなにを知ってるのよ!見た目なんて関係ないじゃない!」
「いえ、確かに見た目は関係ありません。しかし私にはわかります、この男が内面まで腐っているということが。」
クロックが堂々とそんなことをいった。いった本人は本気なのか、その表情は自信に満ち溢れている。
(俺内面まで腐ってたのか、知らなかった。これからはもっと人に優しくしよう。)
「だからっ、何であなたがそんなことを言えるのよ!」
「でもユイさん、俺もこいつは屑だと思うぜ?今までPKプレイヤーとかそういった屑とか何回も見てきたけど、こいつからも同じにおいがすんだよな。」
ハクタクもクロックと同じようなことを言う。それを聞いて、ユイはプルプルと肩を震わせた。等の本人はどこ吹く風のごとくのんびりとしているのだが、今のユイの視界には入っていなかった。
(……帰りたい。攻略はこいつらに任せておけばいいだろ、うんそうしよう。)
クロはそんなことをぼんやりと考えつつ言い争っているユイたち三人以外のメンバーに目を向けた。争いに参加していないプレイヤーは二人の男女だった。一人は魔法使いらしい黒いローブを頭からすっぽりとかぶり顔は見えない。下にはユイたちと同じような服を着ているらしく、ローブの隙間からチラチラと覗かせていた。武器らしい武器は装備しておらず、一見だけすれば無手のように見えるが、立ち振舞いからして恐らくローブの下に何か隠しているのだろう。もう一人は銀髪を肩まで伸ばした蒼い目の少年だった。忍び装束を身にまとって両腰に双剣を携えている。少年はあきれた表情で言い争う男どもを見ていた。
「あのぅ、クロ豚さんですよね?」
ローブの女性がクロに向かってそう訪ねてきた。その士草はおずおずといったものでどこか小動物的愛らしさがある。
「クロですよ。クロ豚って言うのは俺のこの容姿と名前をかけたあだ名みたいなもんです。まぁ、完全にバカにされてますけどね。」
「あうぅ、すみません。てっきりクロ豚っていうプレイヤーネームなのかと。あっ、それと敬語とかはいりませんよ?普通にしてくれると嬉しいです。」
どうやら世間一般にはクロはあだ名の方が知れわたっているらしい。クロはその事実を半ば予想していながらも、少し複雑な気持ちでため息をついた。
「そう?じゃあそうする。改めて、俺はクロだよ。よろしく。」
「私はワイスです。よろしくお願いします!」
そういって、クロとワイスは互いに握手を交わした。ぎゅっと握られたその手を見て、クロの目が少し見開いた。
「……自分でいうのもあれだけど、よく俺と握手なんてする気になったね。」
「ふぇ?おかしなことなんですか?」ワイスはそういいながら小首を可愛らしくこてんとかしげた。どうやらワイスは根っからの天然娘のようだ。クロはクスッと笑うと握っていた手を離した。
「いやいや、おかしくないおかしくない。ありがとね。」
「うにゅにゅ?え~と、どういたしまして?」
ワイスは突然お礼を言われ、なんのことだかわかっていないようだ。
「……シス。」
「ん?」
クロがワイスと話していると、突然忍び装束の少年にそんなことを言われた。クロは突然でなんのことかわからず戸惑っている。
「……私の名前、シス。よろしく。」
「あぁ名前ね。俺はクロ、よろしく。」
クロはシスに言われてやっと理解し、先ほどと同じように握手を交わす。シスの方もなんら抵抗なく握ってきた。クロにとっては嬉しい光景だ。
「そだ、二人ともフレンド登録とかしてもいい?俺と普通に話してくれる人って少ないからさ。」
「もっ、もちろんです!」
「……構わない。」
クロがいうと、二人はあっさりと了承してくれた。どうやら二人とも本当にクロの容姿を気にしてはいないようだ。
三人がフレンド登録を済ませると、クロたちに先ほどから言い争っていた三人が詰め寄ってきた。
「てめぇ!ユイさんだけじゃあきたらずワイスさんにまで話しかけて、身の程を知れ!」
「そうだぞ!貴様ごときが近づくことすらおこがましい。」
ハクタクとクロックがクロに積めよってそう捲し立てた。どうやらクロが女性に近づくこと自体が既に気にくわないらしい。
「シス!貴様も何こんな奴と気安くしているのだ!誇りはないのか!」
「クロック!言い過ぎだっていってるでしょ!……ごめんねクロ、面倒なことになっちゃって。私たちもういくから。」
ユイがクロックたちをなだめつつ、申し訳なさそうにクロにそういった。
「気にするなって。お前らはまだあんまり休んでないだろ?俺はもう十分に休んだからさ、俺が先に出ていくよ。」
「クロ……。」
「当たり前だぜ!なんでてめぇなんかのために俺たちが出てかなくちゃなんねぇんだよ!」
申し訳なさそうにするユイの横で、ハクタクがさも当然のようにそんなことをいった。見れば、ワイスとシスがあきれた表情でハクタクを見ていた。
クロはそんな二人に声をかけた後、アイテムストレージからポーションを出してそれを飲みながらセーフティーゾーンをあとにした。
「ふぅ、パーティー組みたいとか思ってた時期もあったけど、あれはごめんだなぁ。一人の方がしょうにあってるのかも。」
クロは誰にいうでもなくそう呟いた。
セーフティーゾーンでユイたちと別れたクロはそのままボス部屋に向かうことなく来た道を戻ってきている。理由は単純で、残りの攻略はさっきのユイたちのパーティーに任せてもどうとでもなるからというのと、万が一そのパーティーに再び遭遇するというのを防ぐためである。攻略と違い、戻るのは来た道を帰るだけなので比較的簡単である。クロが転移石を使わないのは、ただの節約である。転移石は意外と高価なのだ。
しばらく歩いていると、ポーンと機械らしい電子音がなり、クロの前に青いウインドウが開いた。フレンドからのメールが届いたのである。差出人はシスだった。
「おっ、もうボス部屋見つかったのか。明日はボス攻略だなぁ。……ま、参加する気はないけど。」
クロは返信を送りつつそう呟いた。ボスの攻略は基本的に大人数となり、ギルド同士が手をくみ複数のパーティーによって攻略される。いわば攻略組の総力戦だ。当然連携もかなりの精度で必要とされるため、クロのようなソロプレイヤーたちはあまり歓迎はされない。特にクロのようなプレイヤーは、本人にその意思がなくとも先程のようにグループの和を乱しかねない。クロはそれを懸念して自主的に参加していない節もあった。まぁ、理由のほとんどはめんどくさいの一言につきるのだが。
「んん~っ、ボス部屋も見つかったことだし、お祝いにステーキでも食べようかな!」
クロは満面の笑みを浮かべて一人そういった。その表情は今にもよだれが出てきそうなほどだ。
何かことあるごとに自分が関係なくともお祝いにして美味しいものを食べようとする、クロの悪い癖の一つだった。
次回もお楽しみに!
はぁ、かっこいい戦闘描写を書いてみたい。