プロローグ・残酷な世界
主人公はアバターと現実の見た目が大分異なります。がっかりせずに見てくれると嬉しいです。
この世界はゲームであり現実である。故に美しくない、それ故に美しい。
地上よりそびえ立つ巨大な塔。それは天を突くように空に延びている巨大なデータの建造物。それは基盤部分の大きさだけでも、ゆうに数十キロに達するほどの巨大なものだった。
その塔の名を《トゥルリス》。百の階層に分かれたゲームの世界。そのなかでは、データでありながら現実と何ら変わらぬリアリティを持った生き物たちが存在し、植物が存在し、街が存在していた。それはただゲームだと言うにはあまりにも現実過ぎるもので、まさに『仮想現実』の名に相応しいものといえた。
しかし、あまりにも現実過ぎるそれはまさに現実と同じように残酷だった。それは『死』。ゲーム内の死が現実世界の死と直結すること、即ちデスゲームであることに他ならなかった。
とある天才が発明したこのゲームの、管理AIが暴走したことが原因だった。
剣と魔法のファンタジーをイメージとして創られたこの世界は、まさに生と死が隣り合わせだった。異形の怪物を己の力で倒し糧とする、そんな弱肉強食の世界。弱いものは死ぬしかない。当時この世界にまきこまれたプレイヤー達はその事実にひどく混乱した。最初五万人いたプレイヤーも、その混乱の中で多くが命を落としたという。
そこでようやく気がついたのだ、この世界は現実だと。現実は想像妄想のように美しくはないのだと。
そしてデスゲーム開始から三年。プレイヤーはさらにその数を減らし、ついには残り一万人にまでなっていた。その犠牲の上で攻略できた階層は四十九。第五十階層の街が、プレイヤー達の最前線拠点であった。
三年という長い時間をかけて、彼らはついに五十という節目を迎えたのである。
薄暗い建築物の中、大理石のようなもので造られたその空間の中で、二つの影が交差していた。
一つは体長二メートルは越えようかという巨体を持つ二足歩行の異形だった。鋼のような筋肉に身を包んだ、オーガと呼ばれるモンスターだ。その手には剣とバックラーを持ち、般若のような面相で相対する相手に剣を降り下ろしていた。その姿はまさしく鬼の名に相応しい。
相対するもう一つの影は、百七十センチほどの身長の、丸々と太った豚のような男だった。目の悪い人が見れば、オーガ対オークの争いに見えなくもない、それくらいに絵面がひどかった。太った男は黒いコートを身にまとい、一振りの黒い大太刀を構えていた。その刀身は光を吸い込んでいるかのように漆黒で、太った男はその黒い髪と目とあいまって黒ずくめであった。
「グルウアッ!!」
オーガがその丸太のような腕で剣を太った男の頭上に勢いよく振り下ろした。しかし、太った男はそれをよんでいたのかその見た目とは裏腹なフットワークで軽々と避けた。
ガギンッと振り下ろされたオーガの剣が床と接触し硬質的な音を響かせた。太った男はその隙を見逃すことなく、がら空きとなったオーガの懐へと飛び込み両手で握った大太刀を、下から掬い上げるように袈裟斬りに振り抜いた。
対するオーガもさるもので、咄嗟に持っていたバックラーを構え斬撃をガードしようとした。が、太った男の一振りはオーガの構えたバックラーを容易く切り裂くと、そのバックラーごとオーガの体を切り裂いた。
「ガァアアアアアアッ!!??」
オーガは断末魔のような悲鳴をあげると、パリンッとガラスが砕け散るような音をたててポリゴンの細かい欠片となり消えていった。
太った男は大太刀を一振りしてから腰の鞘にしまうと、人差し指と中指をたてて横に振った。すると、そこにブゥンッと半透明の蒼いウインドウが現れた。
「ふぅ、疲れるわりにドロップが少ないよなぁ。」
太った男ことプレイヤーネーム『クロ』ははぁ、とため息をつきながらそうぼやいた。ここはトゥルリス第五十階層の迷宮、『鬼族の迷宮』だ。そう、クロは所謂攻略組と呼ばれるプレイヤーだった。しかもソロのである。
「今日はもう帰ろう。ご飯食べたいし疲れたし、ご飯食べたいし。」
クロはそう呟くと、ウインドウのアイテム欄を操作して一つのアイテムを実体化させる。それは転移石と呼ばれるアイテムで、それを握った状態で転移したい場所の名前を宣言することで使うことができる便利アイテムだった。
クロはその蒼い石を握りしめながらポツリと呟いた。
「転移、『エーデル』。」
クロがそう言葉にすると、持っていた石がパアッと光だし次の瞬間にはクロの姿はすでにそこには存在しなかった。
「相変わらずこの転移ってのは便利だねぇ。拠点まで一瞬なんだから。」
クロがそういいながら出てきたのは噴水がある大きめの広場だった。噴水の前には大きなゲートと呼ばれるものがあり、クロもたった今そこから出てきたのである。
このゲートというのは、転移したときなどの出入り口であり、いったことのある街ならばこれを通していつでも向かうことができる優れものだ。このゲートはすべての街に存在していて、大体その街の中央付近に位置していた。
クロが降り立った街『エーデル』は、第三十四階層の街で、人の少ない静かな街だった。人が少ない理由は単純で、この階層にはとくに目立つものがなにもないのである。目的もなく何か特別なものもないこの階層は、静かなのんびりとした場所が好きな一部のプレイヤーに好まれてホームとして使われていた。
クロもそんな物好きの一人で、この街のぼろアパートの一室を借りそこに住んでいた。理由は安いからである。
クロは部屋などにこだわりがなく、寝れればそれでいいと思っているため、街の端の方にひっそりと立つアパートを選んだのである。
「ご飯食べたいけど、眠いなぁ。ふあぁっ、……食事は明日の朝でいいか。」
クロはそういうと部屋に入り装備をアイテムストレージに戻すと、シャツとズボンのまま布団に倒れこんだ。
「おやすみぃ~……zzz」
布団に倒れこんだクロは、一息つく間に寝息をたて始めた。この男、寝付きのよさはピカ一である。
次回もお楽しみに!……面白くないかもしれませんけど。