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最初はグー

作者: のんの

この物語は八雲家を中心とした短いお話です。

どうぞお楽しみください。

「おかしい、明らかにおかしい」


 私、八雲藍は洗濯物を取り込みながら一人ごちた。

 そう、おかしいのだ。絶対に。

 溜息を吐きながらいつも着ている導師服と下着を洗濯籠に放り込む。この作業はもう二か月程前からずっと続いている。


 我が八雲家の家事事情はいたって簡単。

 毎朝じゃんけんで自摸ツモ、である。何百年も前からの決まり事。

 勿論従者である私は、家事などは全面的にお任せください、そう申し上げたのだが、紫様は一言。


『私たち、家族でしょう?』


 それに返す言葉がなかったのは言うまでもない。何故じゃんけんなのかは未だに謎だが。

 それはともかく、その日から私達はじゃんけんで当日の家事担当を決める事となったのだ。

 そう、なったのだが……。


「流石に二か月連敗はおかしいわ」


 ここ二か月、紫様は負け無しだ。

 そりゃあ、じゃんけんにだって戦略なるものが存在する。

 ギリギリまで相手の筋肉の動きを読んだり、予め自身が出す手を言っておいて心理戦に持ち込んだり。

 しかしながら、じゃんけんの勝敗は言うて時の運である。どれだけ抗おうが最終的には運で勝負はついてしまうものだ。


 それなのに、おかしいじゃないか、絶対に。

 何かズルをしてるんじゃなかろうか、そんな思考が過ったのもこの二か月間一度や二度ではない。

 だが、私が未熟であり、紫様がその並外れた観察眼で私の心理を読み解いているのではないか、そんな可能性も捨てきれない。

 それに、


『私たち、家族でしょう?』


 あの時の笑顔が浮かぶ度、私はなんて邪な事を考えているのだろう、そんな罪悪感に苛まれる。それは今だってそうだ。

 主を信じてこその従者。

 それは日々橙に言い聞かせている事。それを私が破ってどうする。私は頭を振った。

 今日は橙も来るんだし、豪華な晩御飯にしとかなきゃね。橙と紫様の笑顔を思い浮かべる。

 上々になった気分をそのままに、私は紫様の衣類を丁寧に洗濯籠に入れ、庭を後にした。






「あんたおかしいんじゃないの? 明らかに」


 霊夢は縁側に座ってお茶を啜りながら馬鹿にするように言った。


「あらあら、酷いわね」


 ゆかりんショック、思わず出そうになった言葉を飲み込む。

 馬鹿にした態度をとると霊夢はすぐ怒るからだ。


「じゃあもし出来たら霊夢何してくれる?」

「そんな安い挑発には乗らないわ」


 挑発のバーゲンセールね、霊夢はズ…とお茶を啜る。

 ちくしょう、様になってるわねこの大和撫子め。私なんか縁側に座ってお茶啜ってたら御婆ちゃんみたいって言われたのに。


「さとりにも聖人にもじゃんけんで100パー勝つなんて不可能よ」


 はいQ. E. D.しょうめー終了、そう言って煎餅を手に取る霊夢。

 全く、つれないわねぇ。そんなせかせかしているから人間は短命なのよ。貧乳なのよ。私たち古参妖怪を見てみろ、大抵の奴らはたゆんたゆんだろうが。

 しかしそれは霊夢には禁句なので、煎餅と一緒にバリボリと噛み砕いてやる。


「それが可能なのよ、私の手にかかればね」

「へぇ、どんな?」


 仕方ないから適当に聞いて話をさっさと終わらせよう。そんな魂胆が見え見えだ。

 全く、底が浅いわねぇ。そんなのだから谷間も深くならないのよ。

 残り少なくなってきたお茶を一気に飲み干す。霊夢は勘が良いからこれ以上胸の事を考えるのはよそう。

 私は右手を挙げてひらひらと振った。


「こいしちゃんかも~ん」

「ほいさっ」


 私が呼ぶと、こいしちゃんは即座に霊夢の目の前に姿を現した。

 うん、なんかちょー優秀な部下が出来たみたいで気分が良い。レミリアがあのメイドを重宝する訳が分かるわね。

 霊夢は急に現れたこいしちゃんに目を丸くした。そしてしばらくして溜息を吐いた。


「……そゆこと」

「そゆこと」

「どゆこと?」


 こいしちゃんは首を傾げる。あぁ、子どもは可愛いわね。


「こいし、なんで紫なんかに協力してんのよ」

「これ!」


 こいしちゃんが元気に突き出したのは竹輪。こいしちゃんの大好物だ。


「こいしちゃんに100本あげたの。ねー」

「ねー」

「紫あんたねぇ……」


 霊夢は頭を抱えた。

 なんでそんな下らないことのために避けていた地底妖怪と関わりを持つのか、こいつはアホなのか。そんな思考がこっちまで伝わってくる。


「霊夢、元気を出して。私たちがついてるわ。ねーこいしちゃん」

「ねー」


 意味もなくこいしちゃんとハイタッチ。姉の方と違ってこいしちゃんは随分取っ付きやすい。さとりも一回眼を閉じてみてはどうかしら?

 しばらく霊夢を挟んでこいしちゃんとワイワイきゃっきゃしていると、霊夢が大きな溜息を吐いた。


「あぁ、もういいわ。なんかあんたらの相手してたらこっちまで馬鹿になっちゃう。

ほら、さっさと出て行った出て行った。私は忙しいの」


 しっし、と強引に霊夢から神社を追い出されてしまった。どうやら霊夢をからかい過ぎたらしい。

 全く、人間は辛抱がない。そんなだから胸に脂肪がないのよ。


「霊夢怒っちゃったわねー」

「ねー」


 それからこいしちゃんと他愛もない話をしてから、少し早めに解散した。こいしちゃんには明日も頑張ってもらう予定だし、今日は橙が来る日だ。遅れるわけにはいかないだろう。

 私はウキウキ気分で神社前を後にする。今日の晩御飯はなにかな、楽しみ楽しみ。




 期待通りというかなんというか、その日のお夕飯は豪勢なものだった。藍が精魂込めて作ってくれたものだし、美味しくないわけがない。橙と藍の笑顔も見られたし、いつも通り幸せな食卓だった。

 その後はお風呂に入ったり橙と話したり藍と結界の調整したり、なかなか有意義な時間を過ごせた。

 布団に入って目をゆっくり閉じる。願わくば、明日もいつも通りな日常でありますように。








 ――気が付くと、目の前に我が家があった。隣には幼い頃の藍がいる。

 まだ尾が9本でない藍は目を輝かせた。


『紫さま! おっきなお家です!』

『えぇそうね。今日からここが私たちのお家よ』


 藍は嬉しそうに声を上げた。

 あぁ、これは昔の夢か。よく見ればこの我が家は随分と新しい。これから一緒に時を刻んでいってくれるのだろう。


『紫さま! 私家事頑張りますね!』


 ぜーんぶやっちゃうんです! 藍は目一杯両手を広げて言った。

 こんな幼い子に任せちゃうなんて情けない、そう思ったのを覚えている。


『あらダメよ。私もやるわ』

『ダメです! 私がやるんです! 紫さまの役に立ちたいんです!』


 意固地になっている藍に『私』は苦笑いした。昔から藍は意地っ張りだ。そういうところは本当に変わらない。

 

『藍、確かに従者なら主人の身の回りの世話を任せるのは当たり前のことかもしれないわ』

『な、なら……!』

『でもね、藍』


 『私』はそこで腰を屈めて藍と視線の高さを合わせる。そしてぽんと藍の頭に手を置いた。


『私たち、家族でしょう?』

『……っ! 紫さま!』


 感極まり。藍は紫に抱き着いた。『私』は幼い藍の頭を撫でてあげている。

 そこから徐々にその場面が遠のいて行く。あぁ、夢が終わるのか。


『紫さま! 家事はどうしましょう!?』

『そうね、じゃんけんで決めちゃいましょ。好きでしょ? じゃんけん』

『はい! じゃんけん大好きです! じゃあ早速じゃんけんを―――』






「……ん」


 目が覚めた。時計を確認。

 ……どうやらかなり早く目覚めてしまったようだ。いつもより2時間早い。これでは藍も起きていないだろう。

 くあ、と伸びをする。何だか目覚めが良い。普段ならこの時間は二度寝コースまっしぐらだが、今日はこのまま起きていてもいいかもしれない。


「それにしても、懐かしい夢見ちゃったわね」


 家族……か。

 勿論、藍の事は大切に思ってるし家族の様にも思っている。

 しかし、いつからだろうか。藍が従者であるのも当たり前だと思うようになったのは。

 あの頃は藍の事を従者なんて思った事はなかった。大切な家族、それだけだった。


「情けないわね」


 私は主人なんだから、ちょっとくらいズルしちゃってもいいじゃない。そんな甘い考えで私はこいしちゃんに協力を仰いだ。回復し始めた地底との関係をより良いものにするため、そんな言い訳まで用意していた。

 情けない。本当に、情けない。


「よし!」


 私は自分に喝を入れて立ち上がった。

 今日、藍に謝ろう。ズルしちゃってごめんなさいと謝るんだ。そして、一ヶ月……一週間くらいなら家事を引き受けてもいい。そうしよう。

 布団を片づけ、外出できる程度に身嗜みを整えてからスキマを開く。まずはこいしちゃんに会いに行こう。こいしちゃんに持たせてる、ゆかりんGPSのおかげで居場所はばっちりだ。






 霧の湖の畔、そこにデンとある大岩の上にこいしちゃんは座っていた。


「え、ズルやめちゃうの?」


 こいしちゃんは首を傾げた。寝癖がゆらゆら揺れている。

 今までここで寝てたのかしら。惜しい事をしたわね。

 実は私、この子が寝ていることろを見たことがない。どんな時間に訪れたってこいしちゃんは起きている。おめめパッチリだ。


「えぇそう。今日藍に謝ろうと思うの。

今までありがとうね」


 私がスキマを開いて帰ろうとすると、こいしちゃんが腰に抱き着いて来た。


「私もいくー!」

「あら、こいしちゃんは謝らなくてもいいのよ?」


 すると、こいしちゃんはこちらを見上げてにっこりと笑った。


「他人がね、自分の罪を認めて謝ってるところってね、見ていて面白いの!」


 流石は地底妖怪、良い性格してるわね。






 指で摘める程度の車の模型を二マス先に進める。あがりだ。

 私は何故か人生ゲームが強いのよ。


「負けたぁ」


 こいしちゃんは仰向けにパタンと倒れる。流石のこいしちゃんもルーレットの無意識までは操れないらしい。


「……そろそろね」


 私は時計を確認する。圧勝したところだし、丁度いいや。人生ゲームを押し入れに片づける。


「じゃあこいしちゃんは」

「隠れて見てるね」


 そう言ってこいしちゃんは姿を隠した。私の無意識を操ったんだろう。

 あの子曰く、こいっちゃんステルスモード。こうなっては私も容易に見つけられない。初めにコンタクトを取るときは大変だったなぁ。

 その時の事を思い出しながら居間へ向かう。


 扉を開けると、既に藍は机についていた。

 ある程度身嗜みを整えてから居間へ、そこでじゃんけん。負ければ朝食を、勝てば二度寝でもなんでもオッケー。我が家のルールだ。

 二か月ほど前から、じゃんけんの前にこいしちゃんと打ち合わせをして、藍の無意識を操りじゃんけんに勝っていた。

 でも、もうそんな卑怯な事はしない。


「さて、始めましょうか」


 そう言って藍は袖を捲った。今日こそは負けない、そんな気迫に満ち溢れている。

 あぁ藍、貴女は本当に真面目ね。こんな主人を許して頂戴。

 私は頭を下げようとした。すると――


「あうっ」


 何かに躓いたのか、こいしちゃんがボテッと転ける形で姿を現した。


「……」

「……」

「……てへっ」


 こいしちゃんが誤魔化す様に笑みを向ける。

 こいしちゃんの失態に私は卒倒するかと思った。


「……紫様?」


 藍がゆらりと立ち上がった。

 賢い藍の事だから、私がこの二か月どうやって勝利を収めていたのか、既に悟っているはずだ。

 藍を中心に膨大な量の妖気が渦巻き始める。

 ……まずい。これは非常にまずいぞゆかりん。


「ち、違うのよ藍」

「何が違うんですか?」


 藍はゆっくりと、しかし確実にこちらに歩み寄ってくる。


「この二か月間、私は紫様を信じ続けていたんですよ?」


 私は慌てて手を振った。


「こ、これにはわけがあるのよ!

か、考えてみて、近頃地上と地底との確執は薄まってきているわ。私は地底との関係をさらに昇華させていこうと……」

「覚悟はいいですか? 紫様」


 藍は強く硬く拳を握りしめた。

 や、ヤバい! これは橙が大絶賛していた必殺藍さまパンチ☆だ!


「じゃ、じゃんけん! いつも通りじゃんけんで決めましょう! ね!?

私もうズルしないから!」


 じゃんけんで一体何を決めるというのか、自分自身もう何を言っているのか分からない。

 しかしながら、その必死な言葉は藍に届いてくれたらしい。


「……わかりました」


 藍は拳を下ろした。

 ほっと息を吐く。


「分かってくれたのね、藍」

「ジャジャン拳で勝負を決めましょう」

「え?」


 最初はグー、藍の拳に先程とは比べ物にならない程の妖力が凝縮されていく。


「ら、藍! 待って! 私は」

「じゃんけんグーッ!」

「ぷぺらっ」


 顔面に藍の拳が突き刺さった私は、錐もみ回転しながら家の塀に激突し、爆発した。





 その後二か月間、紫が炊事洗濯を強制されたのは言うまでもない。



さて、楽しんでいただけたでしょうか。もんてまんです。


このお話、実は自分が初めて書いたショートストーリーだったりします。

自分はキャラクターを書くとき、神秘的で常人とはかけ離れた、カリスマのあるキャラクターより、どんな人物でも身近に感じるというか、親近感が湧くようなキャラクターになるように書くことを目指しています。


それを目指すきっかけになったのが、このお話です。

胡散臭くて謎に満ち、とらえどころのないイメージのある八雲紫ですが、この紫を、言い方が悪いですが、俗な人物として描いたときに、何だか紫が生き生きしているというか、とても魅力的な人物に自分は思えたのです。


それからです。自分が、圧倒的なカリスマを発揮するキャラクターよりも、何か親近感が湧くような、身近なキャラクターを好むようになったのは。

それは他に投稿している自分のお話を見ても明らかですね。


今読み直しても分かる通り、起伏がほとんどない、本当にストレートなお話です。それでも、皆様に楽しんでいただけたのなら幸いに思います。


では、今回はこの辺で。

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