二人、歩いて。
ベッドタウンと呼ばれる町の郊外は、僕の地元に似たような住宅街が広がっていた。歩道の上で並ぶ僕らは、しばらく歩きながら他愛もない話を繰り返していた。日々を追うごとに肌に突き刺さる寒風は冷気を増し、薄地のコートを着てきたことを後悔させられるほどだ。僕は、僕の肩のあたりで口を走らせる彼女のほうを横目で見る。
「ここまで来たの、初めてなんだよね」
化粧っ気のない清純な身なりと、黒漆を流したような黒髪の流れは、以前見た時よりもずっときれいに見える。以前僕が初めてプレゼントした白レースのシュシュが、相対的に輝いているような気がした。
「そうなの?」
僕は語尾を少しだけ裏返す。
「うん。基本、駅の周りくらいしかうろつかないから」
そうなんだ、と端的に返したところで、僕は言葉に詰まった。彼女も言葉をつなげることなく、電燈の少ない歩道に沿って少しずつ歩んでいく。
以前彼女が口下手だとは言っていたけれど、思った以上にそれは厄介だった。僕は対話を苦手とするような人間ではないのだけど、いざ僕が好意を向けている人に何か話題を振ろうとすると、なかなかうまくいかない。思いつきそうなフレーズも、寸前で脳から飛散していって、連鎖的に言葉に詰まってしまう。だから、こうして長い間が開いたあたりは、何を言えばいいのかわからない。
冷えた靴底に、アスファルトのごつごつした表面が押し込む。指先に力を入れて、寒さをぬぐったところで、彼女は僕の顔を覗き込んだ。
「寒い?」
「……ん、少しだけね。もうちょい厚いやつ着て来ればよかったな」
僕は苦笑を浮かべる。彼女も会釈したところで、会話終了。
どうすればいいんだ、これ。
面白いくらい言葉が浮かばない。小説の世界で、「緊張で言葉が出てこない」というような表現を見たことがあるけれど、こういう状況に置かれたときに本当にこうなってしまうとは予想もしなかった。恋愛経験は僕も皆無に等しいし、ましてや二人きりで女の子と話すなんて経験もあまりない。
だからなのだろうか。前だけを向く彼女の視線が妙に気になって、足踏みも自然とたどたどしくなってしまう。
ふと、彼女の小さな手が見える。僕の手は男の中でも小さいほうだけれど、それ以上に小さな、白い指先。寒空に溶けそうな、青白い肌を見ていると、胸の奥が少しずつ高鳴った。
……いいのか?
葛藤が生まれる。小さな願望は、時に自分の力で叶えなければいけないということを、僕は高校を卒業してからようやく気づくことになった。けれど、自分の中で遠慮の心と勢いが交錯して、僕の指先がは気づけば僕の監視下を離れる。
「えっ」
彼女は小さく声を立てると、困惑のあまり口元をゆがめた。僕は彼女の指先に手を絡めて、小さな手のひらを包み込むように指を動かす。
「手、繋ぎたくなった」
「え、え、なんでいきなり」
「いつかさ、こうしたいと思ってて」
彼女はうー、と小さく唸ると、誤魔化すような笑みを浮かべて、まんざらでもない表情を浮かべる。冷たく映えた彼女の手は予想以上に暖かくて、心の中が予想以上にあたたかくほぐれていく。
好きな人の温もり。
それは、初めての経験だった。手をつないで歩くということは、勇気の代償として小さな暖かさと優しさをくれることを、初めて知った。彼女の表情が少しずつ和らいだころ、僕の口も和らいできて、自然に言葉が出る。
「手、こんなに暖かいと思わなかったな、もっと冷たいかと思ってた」
「え、そうかな?」
そして僕らは、歩道を歩いていく。
繋いだ手を少しずつ振りながら、彼女の温度を感じていく。冷気がどこかに吹き飛んだかのように、風の寒さはほとんど感じない。
「嫌だったかな、こういうの」
「うーん、慣れないけど……」
彼女が言葉を続けると、僕は少しだけ彼女の手を握った。不器用な彼女は、また少しだけ複雑な表情を見せると、小さく微笑み返した。
ほぼ実体験です。
最後のほうはちょっと小説っぽくアレンジしましたがw