出発
それからさらに二時間半後…
エンジュは、少し離れたところから漂ってくる味噌のにおいで目を覚ました。
自分で作るのとは少し違う、不思議なにおいがする。
寝袋から出て、においのする方へ歩いて行くとスカラが味噌汁を作っていた。
味噌のにおいはこれか、と、合点が行くと、こちらに気がついたようで、スカラが声をかけてきた。
「あぁ、おはよ、よく眠れた?味噌汁作っておいたから。」
「私も手伝ったぞ!」
「だから若干、野菜がごつごつしてるけど、あんまり気にしないで。」
寝起きのぼやけた頭で、あぁ、とか、うん、とか言った気がする。
なんか、しばらくぶりによく寝た気がする。
実際は、夜中に起きていたりしたので、それほど寝てもいないが…
そしてようやく寝ぼけから覚醒してきた脳みそで、エンジュはあることに気がつく。
「……スカラ何でぬれてるの?」
まるでそこだけ雨が降ったように、そこら一体がスカラを含め濡れていた。
「あぁ…まぁ、ちょっと通り雨が降ったんだよ。」
なんだか疲れ切ったという表情でもって言う。
隣でレシィアが、
「スカラがたんこぶができたと言うから、冷やしてやったのだ。」
なんて得意げに言う。
「あー…レシィアに冷やしてやるっていって水ぶっかけられたとかそういう?」
「大体そんな感じ…はぁ、夏でよかったと言うべきか、すぐ乾くし。」
「冬にそんな馬鹿なことしないでしょ」
「一回やったことがあるんだなこれが。」
冬にやったのか…
その後どうなったのかは、何となく聞かない方がいい気がした。
とりあえず今ここにいるから、死にはしなかったのだろう。
「ん、これお前の分。」
そういってお椀を渡してくるスカラを見て、
「ちゃんと足あるしね、妙に透けてたりしないし。」
「は?何のことだ?」
「いいや、なんでも、あ、味噌汁ありがと。」
「どういたしまして。」
なんとなく、ほんわかした雰囲気が流れていたところに、
「スカラっ、私の分も早く!腹が減って死にそうだ!」
なんて、死にそうだとはとても思えない元気な声が飛んできて…
二人は顔を見合わせて、苦笑した。
「はいはい、今よそるって。大盛りか?」
「もちろんだ。」
喜々として答える。これが、レシィアとスカラの今の日常なのだろう。
二人とも笑っていて、楽しそうだった。
「なにこれ、おいしい。」
「そうか、よかった。」
素っ気なく言うが、スカラの表情は嬉しそうだ。
「若干リクネが丸ごと入ってるのが気になるけど……」
「具はでかい方がうまいぞ。」
「はいはい、レシィアは少し黙ろうね。」
「んな、事実ではないか!こんな小さい具食べた気がしないぞ!」
そういって、スカラが切ったと思われる、野菜を味噌汁から拾い上げた。
そのあたりで、スカラもイラッと来たらしい。
「だからってモノには限度ってもんがあるだろ!リクネ丸ごと入れるとか、そんなもん味噌汁の具じゃなくて味噌汁のついたリクネだ!」
「じゃあ、最初っから味噌汁を作るな!」
だんだんハイになっていく訳の分からない言い争いを見ながら、ほおがゆるむのを感じた。
ほほえむまでは行かなかったが、こんなの久しぶりだった。
と、突然ハイで言い争いしていた二人がこちらを向いた。
「あ、エンジュが笑ってる。」
「ほんとだ。笑ってる。」
「人を天然記念物みたいに言わないでくれるかな。」
少しほおがゆるんだだけで大げさな……てか、大体何でこんなに簡単に人の表情が分かるかな…。
「てか昨日だって笑ってたじゃん。」
「「あれは笑ってたとは言わない」」
あーはい、そーですか。
あ、そうだ、言い忘れてた。
「俺さ、行き先が二人と重なる分には、一緒に行ってもいいよ。」
「ほんとかっ!」
「行き先が重なる分にはってどういうこと?」
嬉しそうに言うレシィアに対して、不思議そうなスカラ。
まぁ、それもそうだろう。行き先の話なんて、昨日はしなかったわけだから。
「行き先っていうか…、俺さ、あちこちで薬売ってるんだよね。薬屋なんて無いところもあるから、二、三ヶ月に一回は行かなきゃいけないていうか…。」
「あぁ、そういうことか、別にいいよ。俺たち行き先決めてるわけじゃないから。」
「……調査ってそれでいいの?」
エンジュが、あきれたように聞いてくる
「ま、いいだろ。」そう適当に流して、「ま、半分追い出されたようなものだしな」と小声で誰にも聞こえないよう呟く。レシィアには絶対聞かせたくない話だ。
幸いにも、「ふーん」と、エンジュは軽く返事をして興味を失ったようだ。
「あぁぁぁぁぁぁ!」
レシィアが急に大声を上げた。エンジュはびっくりして「え、なに!どうしたの!?」などと言って振り返ったが、スカラは慣れたもので、
「蜘蛛でも出たかぁ?」
なんて、のんきに聞いた。
「なにが蜘蛛だ、それどころではないのだ!リースを隠してくるのを忘れたのだ!」
「げ、ほんとに?ここら辺あんまり治安よくないぞ。」
治安が悪い。つまり、人の馬だろうが飼い主がそこにいなければ平気で盗む輩が大勢いると言うことだ。レシィアの馬みたいに、毛並みのいい、高く売れそうな馬だと特に。
「リースは、他人に乗られるのをいやがるから、盗まれたりはしないと思うが…」
元の場所にいる可能性は低い。レシィアとスカラが、頭を悩ませていると、
「あ、俺、呼んで来てって、頼んでみようか?」
「「は、誰に?」」
「こいつに。」
そういってエンジュは、いつの間にか肩に乗っていたリスを指さした。
「俺さ、動物と、話できるんだよね。」
「は、何で?」
「いや、まぁ、森の中で育ったようなもんだからとしか言いようがないってうか………、あ、そうそう、黒い…あぁ、やっぱりさっきのは君だったんだ、ありがとう。じゃあ、伝えてくれない?白い馬で、リースって名前だって。よろしく」
後半は、リスに話していたようだが分かりづらいとスカラは思う。こちらに話すのとリスに話すのと、分けて欲しい。いきなり、あ、そうそう黒い…なんて言われて驚いたではないか。
しかしエンジュは、こちらの気分などお構いなしに、
「いま、リスに、フォン…あー俺の馬に伝えにいってもらったからもうすぐ捜してきてくれると思うよ。」
「あー、悪い。ありがとう。」
「それさっきのリスに言ってあげて、喜ぶから。」
そして、森の奥まったところを抜け、森の入り口で待っていると、馬が三頭、かけてきた。
フォンは、気を聞かせて、スカラの馬まで連れてきてくれたようだ。
「ありかと、フォン、」
そういって、首筋に抱きつき、たてがみに顔を埋める。
ふさふさしてて気持ちいい。
「あ、で、レシィアの…あぁ、やっぱり…へえ、すごいね。
あのね、レシィア…さん?」
「よびすてでいいぞ。」
「えっと、やっぱり、盗もうとした奴らがいたらしいんだ。んで、逃げたけど、レシィアが何処にいるかわかんなくて、捜してるうちに、また、追いかけてくる人たちがいて、谷を飛び越えたらしいよ。それで戻ってくるのに時間かかったって。………そんなに時間かかったかな。」
「リースは世界最速だからな。」
レシィアが自慢げに言うのを見て、エンジュはむっとしたように
「フォンの方が速いよ。」
「リースに勝てるわけがないだろう」
「絶対にフォンの方が速いね。」
負けず嫌いふたりのヒートアップしていく争いをスカラはほほえましく見守っていたのだが、この後、悲劇は訪れた。
『じゃあ、勝負してみよう』
と言うことになったのだ。
「スカラ、審判よろしく!」
「え、ちょっと、」
「ちゃんと見てろよ!」
「いや、あの…」
「タミスの町までね!負けても文句言わないでよ。」
「無論だ。私は負ける気など無い。」
「二人とも!?」
「「よーい、スタート!!」」
同時のかけ声とともに、二人(と二匹)は信じられないスピードで飛び出していき、またもやスカラは置き去りにされた。
「だいたい、俺をスタート地点に放置して、どうやって審判やれって言うんだよ…はぁ…俺もうしらない。」
こうして、三人の旅は始まった。この出会いが後に大きな騒動に発展することは、このとき誰も予想していなかった。
~自然物紹介ふぁいる~
①リクネ
単純に、リクという植物の、根っこです。
見た目はジャガイモのような感じで、ジャガイモより少しだけ小さいです。丸ごと入れるにはでかすぎるけどね…。
ちなみに、レシィアが冬に水をかけたとき、ちょうど寒さの厳しいところにいたので、スカラは生死の境をさまよいました(笑)
他にも実は何度か殺されかけております。