研究者(のパシリ)の事情
エンジュが、起きていた時刻からさらに、一時間半後、
「んで?なんでまた急にあんなこと言い出したんだ?」
スカラは隣で、きれいなウェーブのかかった栗色の髪を結びなおしている美女に聞いた。
「もちろん、役に立つと思ったからだが?お前が長々と調べている間、私がどれだけ暇だか知らないのか。」
美女―レシィアは、当然のように言うが…
「もしかして、自分の暇つぶしにつれていきたいの?」
「なにか問題あるか?」
問題あるかもなにも、お前がちゃんと俺のこと手伝えば、暇なことはないはずなんだけどなぁ…
そう思いつつ、スカラは嘆息した。
この手のことは言っても無駄だというのは、とっくに分かっている事なのだ。
「まぁ、それだけではないが…」
ふと、レシィアは小声でつぶやいた。
聞かせるつもりで言ったのではないだろうが、スカラは聞き逃さなかった。
おそらくそれは、スカラが思っていることと同じだろう。
「それだけではないって?」
わかってはいたが、一応聞いてみる。もしかしたら、考えていることは違うかも知れない。
だが、レシィアはちらりと、エンジュが寝ているのを確認すると、言った。
「こいつは、あまりに知りすぎている。その上素性も分からない。精霊の子の絶滅など完璧に、機密事項だぞ?そういうことを憶測で述べるやつはいるが、基本的に、まだどこかで生き残ってるという説が民衆の意見の大半を占めてる。それをこいつは絶滅したと断言したそんなやつを野放しにしておけると思うか。」
レシィアにしては饒舌で、終始淡々としゃべっていたが、長年一緒にいるスカラには、レシィアの心の葛藤が手に取るように分かる。
自分も同じだけあって特に。
最近、義父からの命令の意味が、よく分からなくなってきているのだ。
「うん、そうだ。エンジュはなにか…何か大きなことを隠してる気がする。まぁ、言いたくないんだろうけど。……それよりさ、」
スカラは、少し意地悪そうな笑顔になって続ける
「ホントにそれで全部?」
「何がだ?」
「連れて行きたい理由。」
何かを含んだような物言いに、レシィアはすぐ言わんとしていることが分かった。
そして、
「暇つぶしと、監視!それで全部だ!何か文句あるのか!」
怒鳴り声と枕が飛んできた。
急に真っ赤になって怒り出すレシィアを見て、スカラは
レシィアってつくづく隠し事ができないよなぁ
などと思ったが、それを口に出せば今度は、何が飛んでくるか分かったものではないのでやめる。代わりに、
「レシィア、静かに、エンジュが起きるだろ。」
「あ…すまない。」
「いや、俺に謝ることではなくて…」
二人で、ちらりと横を見ると、かなり大きな声が出ていた気がするのだが、気づいたふうもなく熟睡していた。
二人同時に安堵の吐息をつく。
あまり聞かれたい話ではない。というか、全く聞かれたくない。
特に、なんとも割り切れないこの状況では。
「あ…、日が昇ってきたな。」
「ほんとだ、もう今からじゃ寝直せないか、まぁ、大体睡眠は足りてるからいいか。」
レシィアが爆睡しているエンジュを指さして言う
「こいつ起こすか?暇なんだが。」
「やめなさい」
「じゃあ、私は何をしていればいいのだ、あいにく私はお前みたいに、本さえあれば何時間でも暇をつぶせるような老人くさい性格はしていないのだ。」
「なんかすごく失礼だな、おい。本はいろんな知識にあふれているんだぞ。大体暇なら朝食でも作っていればいいだろ、料理くらいできるんだろ。」
「な、うぅ、おま、あああああ、りょ、料理はお前の担当だろうがっ!!」
そういって、鞄の中に入っていた、折りたたみ鍋とお玉を投げつけてきて…
しかもそれがしゃれにならない威力で…
「いってぇぇ!ちょ、おま、鍋はだめだろ鍋はっ!何考えて…」
しかし言い終わる前に、つづけてお玉が頭にクリーンヒットした。
「お前、密かに俺のこと殺そうとしてないか?」
スカラが頭をさすりながら言う。
レシィアは、すねたように後ろを向いて、振り返らない。
「あ、若干たんこぶできてるし。」
「…。」
どうしたものかと、見ていると、レシィアは急に立ち上がり、どこかに行ってしまった。
「ったく…ほんと自由なんだから……はあ、味噌汁でも作るか。」
レシィアのお玉が頭にクリーンヒットすると、マジでいたいんです。