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相続された檻

作者: をはち
掲載日:2026/11/08

相続したのは家ではなく、 ゆっくりと主人を喰う“檻”だった。


坂下はるきは、佐藤良江の存在を、煩わしく思っていた。


彼女は彼の帰宅を待ち、ポストに手紙を挟み、夜の窓をじっと見つめた。好意だと言う。


だがそれは好意ではなく、粘着質な執着だった。はるきは何度拒んでも、良江は微笑んだまま距離を縮めてくる。面倒だった。耐え難く、面倒だった。


両親が残した古い家を相続したとき、はるきはある考えに取り憑かれた。


その家は山際にあり、夏になると周囲の草むらからマダニが這い出してくる。


彼は密かに、庭の落ち葉を集め、湿った木材を積み、家の床下と壁の隙間を、ダニにとって理想的な巣にした。


良江をそこに住まわせればいい。自分は「海外出張」と偽り、二、三ヶ月姿を消す。帰国したら結婚しよう、と約束する。


その前に、互いに保険をかけて受取人を指定しておこう――もしものことがあったら大変だから、と。はるきは丁寧に説明した。


「僕の実家は静かで、君が落ち着くと思う。猫や犬も連れてきていいよ。帰ったら一緒に暮らそう。」


良江は目を細めて喜んだ。だが、彼女は家には入らなかった。


「猫と犬がいるから…彼の実家を痛めてしまうかもしれない。」


それを知ること無く、はるきは偽りの出張へと旅だった。二ヶ月後。


はるきは「帰国」した。良江の体が、マダニの媒介するウイルスに蝕まれていることを想像しながら、実家の門をくぐった。


鍵を開け、暗い玄関に足を踏み入れる。埃の匂いと、湿った木の腐臭。床を軋ませながら奥へ進むと、リビングの畳が妙に柔らかく沈んだ。


何かに触れた。足首に、微かな引っかかり。はるきが懐中電灯を灯した瞬間、床一面が動いた。


黒い点々が、波のように盛り上がり、壁を伝い、天井から落ちてくる。飢えたマダニの群れだった。


彼が丹精込めて育てた巣が、今、主人を待っていたのだ。


「…良江は、来なかったのか…」


はるきは呟いた。声が震える。ダニはすでに靴の隙間から、靴下の下へ、皮膚の温もりを求めて潜り込んでいた。


かゆみではなく、深い、じわじわとした痛み。彼は退路を探して振り返ったが、玄関の方向もすでに黒い膜に覆われていた。


外では、良江が犬のリードを握り、静かに家を見つめていた。


猫が彼女の足元で喉を鳴らす。


「…おかえりなさい、はるきさん」


その声は、家の中には届かない。


だが、家はもう答えていた。


罠として育てられた巣は、最後まで主人を待ち続け、そして、主人だけを飲み込んだ。


良江は犬のリードを軽く引き、ゆっくりと背を向けた。


足元の猫が、かすかに喉を鳴らした。


家は静かだった。


もう誰も、呼ばない。

読んで頂き有り難う御座います

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― 新着の感想 ―
おお怖っ うちも田舎なんで注意します はるき君、残念でした
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