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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

神獣の口に手を入れて

作者: 葉月 藍
掲載日:2026/07/09

煌びやかなシャンデリアの下、楽団の生演奏で華やかな衣装に身を包んだカップルが、クルクルとダンスを踊っている。

色とりどりのドレスがフワリと舞って、頬を薔薇色に染めた学生達が、少しハニカミながら笑顔を交わしている。

そんな、つい微笑んでしまうような光景の中、私は深い溜め息を吐きたくなるのを堪えながら、目の前の2人と向き合っていた。

1人は金髪碧眼の、この国の第二王子である私の婚約者。もう1人は子爵令嬢で、第二王子の腕にしがみついている。

もう私にはこの先の展開が読めていた。

そう、半年も前から予想がついており、私は着々と準備をしてきたのだ。

「アリシア・クロノワール公爵令嬢!お前との婚約を破棄する!」

「ジルベルト第二王子の不貞による婚約破棄、承知致しました。慰謝料や、各種手続きに関しましては、国王陛下や、我が父のクロノワール公爵、そちらのハワード子爵令嬢の父、ハワード子爵と改めて席を設けます」

少し被せ気味に、一気に大きな声でハキハキと告げた。

「は?」

「え?」

仲良く2人の声が重なる。

「もともと私達の婚約は、王家からの強い希望で交わされたもの。こちらから婚約破棄をする事が出来る、いくつかの条件を付けさせて頂いて成立したものでしたでしょう?」

にこりと笑って、あくまで仕方なく結んだ婚約で、愛情など全くない事を言外に強調する。

「そのうちの一つに、王子殿下の不貞、がございました。そうよね?スミス公証人」

わが国の王家や王家に連なる五大公爵家の専任公証人であるスミス公証人を振り返る。

きっとこうなると思って、招待しといて良かったわ。

スミス公証人は手に分厚い資料を持ちながら、私の一歩前に出てくれた。その助手であり、護衛の2人も私を庇うように前に出てくれる。

「確かに、そのような項目がございますので、第二王子殿下瑕疵による、アリシア公爵令嬢からの婚約破棄が成立致します」

そこで慌てたのはジルベルトだ。

「いやいや、待て待て!アリシアは、このシルキー嬢を酷く虐めていたのだ!そのような性悪は、王子妃に相応しくないから、こちらから婚約破棄をしたのだ!」

スミス公証人は眼鏡を押し上げて、王子殿下を見つめた。

「証拠は?」

「証人がいる!シルキーの友人と私の部下だ!」

「親しい人間や、立場的に逆らえない人間の証言には信憑性がない為、我が国では証人と認められておりません。確たる証拠も無いのに、こんな衆目監視の中で断罪しようなどとは浅慮にすぎませんかな?」

「何だと⁉︎証拠など、直ぐにでも集めてくれるわ!」

「酷いです!私が嘘をついてるみたいに言うなんて!」

2人が騒ぎ出すが、スミス公証人は助手が持っていた箱の中から、神獣の口と呼ばれる魔道具を取り出す。

「ああ、ご安心を。ちゃんと神獣の口を持参していますので。さあ、ハワード嬢、この神獣の口に手を入れて、貴女の信じる真実をお話しください」

差し出された神獣の頭部を模った魔道具に、2人はキョトンとなっている。まさか、貴族ともあろうものが、神獣の口を知らないとか無いでしょうね?

「な、何ですかこれ?アリシア様の罪を暴くのに、関係ない事しないでくれます?しかも、あなた誰ですか?ジルベルト様に不敬ですよ!」

シルキーの発言に、ざわめきが引き、耳が痛くなりそうな静寂が訪れた。

これには、さすがのジルベルトもシルキーの顔をポカンとして見ている。

「私の家系は建国当時から、王家並びに公爵家の専任公証人を任されております、スミス侯爵家の当主です。弁護士や裁判官のようなものですので、今回のような王家・公爵家が関わる揉め事の審議・判決など、全て任されております。」

「え」

シルキーがジルベルトを見上げる。

「シルキー、スミス公証人の言う事は本当だ。だが、それは何だ?神獣の口など、聞いた事がないが」

今度は周りがどよめいた。それはそうだ、貴族なら、大抵は知っている。この学園でも授業で習う。

「これは、発言した者の嘘を暴きます。発言が真実なら何も起こらないので、安心して口に手を入れて下さいね」

シルキーにずいっと神獣の口が差し出されるが、シルキーは顔色を悪くしてジルベルトにキツくしがみつくだけ。手を出す様子はない。

ならばと、私は前に立ってくれているスミス公証人の横から顔を出した。

「スミス公証人、まずは私から潔白を証明致しますわ」

「おお、そうですな」

神獣の口を抱えている助手が、私の方に向きを変える。

私は躊躇いもなく、牙すら象られたその口に右手を差し入れた。

「私、アリシア・クロノワールは、シルキー・ハワード子爵令嬢にイジメを行っていません。指示した事もありません。会話した事もありません。同じ空間に2人になった事もありません」

私達の周りをぐるりと取り囲んだ大勢の生徒たちが息を詰めて見守るが、何も起こらない。

私は神獣の口に手を入れたまま、シルキーににこりと微笑んでみせた。

「お会いするのは初めてね。さあ、次はあなたの番よ」

私が神獣の口から手を抜くと、助手は再びシルキーに神獣の口を差し出す。

「何も起こらないのは、それが偽物だからではないか?」

ジルベルトが不審そうな表情を隠さずに言う。…何で私を見て言うのかしら?

「では、第二王子殿下が手を入れてみてはどうでしょう」

「そうだな、やってみせよう」

スミス公証人に勧められるまま、ジルベルトが神獣の口に手を入れた。

「では、王子殿下にいくつか質問をします。全ていいえ、とお答えください」

「わかった…が、嘘と判定されたらどうなるのだ?」

「怪我などしませんので、ご安心を。神獣が唸ったり吠えたりするだけです」

「なるほど、それは見てみたいな」

…ジルベルトはワクワクしだしているが、明らかに嘘をついていたシルキーは真っ青だ。

「では。第二王子殿下は、シルキー・ハワード子爵令嬢と、不貞を働いていましたね?」

「いいえ」

ジルベルトが答えた瞬間、神獣の目が光り、獣特有のグルグルと喉を鳴らす唸り声が聞こえ出す。

「第二王子殿下は、シルキー・ハワード子爵令嬢が殿下の婚約者であるクロノワール公爵令嬢を貶める為に嘘をついていたのを知っていましたね」

「いいえ」

今度は神獣に変化は起きなかった。つまり、ジルベルトは嘘をついたシルキーの言葉を信じていただけ、と言う事だ。

もう試しの質問は終わりな雰囲気で、ジルベルトが神獣の口から手を抜こうとした時、スミス公証人が何気なく呟いた。

「第二王子殿下とシルキー嬢が閨を共にしてるという噂は本当ですか?」

「いや、まさか!」

咄嗟に出た言葉だろうが、途端に神獣の目が光り、腹の底が冷えるような咆哮を発した。

「うわっ!」

びっくりして手を引いたジルベルトは、醜態を誤魔化す為かシルキーの手を掴んで神獣の口に入れようとした。

「いや!」

慌てて手を引こうとするシルキーに

「大丈夫、音が大きくて驚いたが、痛みはなかった」

見守る生徒たちはきっと「いや、そうじゃない。公爵令嬢に冤罪ふっかけたって罪が確定すんのが嫌なんだよ。もう逃げらんないけどな」と思ってるに違いない目をしている。

「こんなの、こんなの、私を貶めようとして皆んなでグルになっているだけですわ!」

そして、私をキッと睨みつけてくる。

「ジルベルト様の愛が自分に無いからと、酷いわ!あなたみたいな人、ジルベルト様が可哀想!私が妻となって、お慰めします!」

もう、ジルベルト以外の視線がジト目になっちゃったわ。

「ハワード嬢、私は王家の公証人。公正である事を審判の神と王家に誓約しています。その私を侮辱しますか?このまま神獣の口に手を入れなくても、貴女は侮辱罪と詐称罪で貴族牢行きですが、よろしいですか?」

「侮辱なんて、してません!それに、嘘はついていません!」

「それがもう嘘なのですよ。クロノワール公爵令嬢の身の潔白は証明されましたし、あなたとクロノワール公爵令嬢が「初めまして」なのも、証明されています。会った事もない令嬢にイジメられたとこのような場で吹聴するのは、名誉毀損、立派な犯罪です。ましてや格上の公爵令嬢で、第二王子殿下の婚約者。しかも閨を共にするような不貞も証明されています。ここで貴女が公爵令嬢に冤罪での断罪を目論んだのではないと、身の潔白を証明しないと、良いとこお家取り潰しですよ」

シルキーはガクガクと震え出した。そしてジルベルトに縋る。

「私を妃にしてくれるって、約束したでしょう?」

「ああ、だから早く神獣の口に手を入れて、嘘ではないと証明しよう!シルキーは誰かに唆されたに違いないんだから」

信じる事は悪い事じゃないけど、ジルベルト、自国の法律に疎すぎない?というか、王家の決まりすらよく知らないのはどうかと思うわー。

「第二王子殿下、さっきからハワード嬢が妃になると仰ってますが、法律上ハワード嬢には資格がないので、なれて城外に居を置く妾ですよ」

スミス公証人が間違いを訂正する。

「え」

「し、資格?」

「酷い、私が子爵令嬢だからって」

「身分ではありません。身分も多少問題ですが、妃になれない訳ではありません。問題は、処女性です」

「え」

もう、みんな固唾を飲んで見守っている。こんな面白い見せ物ないものね。

「先程、閨を共にしてると証明されましたよね。初めてが第二王子殿下だとしても、そして第二王子殿下の子どもを身ごもっているからと言って、我が国の法律では、処女以外との王族の婚姻は認められていません。婚姻前に処女検査があり、初夜も立会人が多数おりますので、誤魔化しは効きません。婚外子は王族と認められず、母親の私生児となります。知らなかった、とおっしゃるなら、そっちの方が問題ですよ第二王子殿下。私は法律の教師として、きっちりお教えした筈です」

流れるように話すスミス公証人は、チラッと助手に視線をやった。

ジルベルトに掴まれた手を引っ込めようとしていたシルキー嬢の手が、意識が逸らされた事で力が抜けて良い感じになっている。

すかさず神獣の口に突っ込ませ、引き抜けないように固定した助手。

「さあ、ハワード嬢。クロノワール令嬢に、直接イジメを受けたのですか?」

「そ、そうよ!」

もちろん、神獣は吠えた。

「ありもしない罪をクロノワール令嬢に着せて、自分が第二王子殿下の婚約者にとって変わろうとした?」

「そんな事しないわ!」

神獣は吠えた。

「それ以外に、罪は犯してない?」

「悪い事なんてしてないわ!」

吠えた。

「もう、何なの!私はジルベルト様を愛してるだけ!妻になりたかっただけなの!」

今までで、1番神獣が吠えている。

何、この修羅場。

「何よ何よ!もう少しで上手く行ったのに!ジルベルト様に愛されて、贅沢して遊んで暮らせたのに!」

シーンと静まり返ったダンスホールに、

「それがシルキーの本音だったんだな…」

ショックを受けたようなジルベルトの声が、もの悲しく響いた。

何だか居た堪れない空気になったが、直ぐに警備の騎士達がシルキーを取り押さえ、ジルベルトの事も促す。もちろん、私もスミス公証人も一緒に、このまま王城で取り調べや話し合いに参加する事になるだろう。

ジルベルトの後に私が続くのがわかると、ジルベルトはホッとした顔を私に向けた。

「良かった、一緒に来てくれるんだな」

…何を言い出すのか、嫌な予感しかしない。

スミス公証人もそう思ったのか、ジルベルトと私の間に入ってくれる。

それを邪魔そうに見たジルベルトが、なおも話しかけてくる。

「シルキーの言い分を信じて誤解してしまっていたが、元に戻れて良かった」

…何が元に戻ったと言うのか…

「アリシア、話し合いが終わったら、観劇でも行かないか?デートらしい事、した事なかっただろう?」

…バカなのか?

そう思ったのは、私だけではなかった。

「第二王子殿下。クロノワール公爵令嬢と殿下の婚約は破棄されております。殿下がハワード嬢と何度も閨を共にした不貞が原因です。しかも、先程言ったと思いますが、ハワード嬢は妊娠していますよ。殿下の子供でしょう」

ジルベルトは少し目を見開いたが、

「だが、私生児だ。王族じゃない。なら、俺達の婚約継続に、何の問題もないだろう?」

………はあああーーー

私もスミス公証人も、足を止めた。ジルベルトも足を止めようとして、騎士達に取り囲まれ、連れて行かれた。ずっと色々と文句を言いながら。

「…すまない…」

助手兼護衛の片方から声がかかり、私とスミス公証人は振り返った。

「陛下のせいではありませんわ。…第二王子殿下ご自身のせいです」

「アリシアに賛成だ。ジルベルトと私は、同じだけ学びの機会を与えられたし、環境もそう変わらない。あいつの甘えた根性が招いた結果だ」

もう1人の護衛が被っていた兜を脱ぐと、ジルベルトと似た、けれど理知的な顔が見えた。

「王太子殿下」

私を見下ろし、優しく頭を撫でてくれる。

少し、寂しそうな顔をして。

「もう、お兄さまとは呼んでくれないんだね」

「もう、妹にはなれませんから」

「王妃も悲しむよ。5年もしつこくおねだりして、やっと結んでもらえた婚約だったのに」

「それは第二王子殿下に仰って下さいね」

第二王子殿下は、王妃が結んだ私との婚約を、我がクロノワール公爵家がゴリ押しで進めた婚約だと、誰に吹聴されたのか信じ込み、私を毛嫌いし、蔑ろにしてきた。

もともと無理やり頼みこまれて、しぶしぶ結ばれた婚約なのに、あんまりな仕打ちに私の反骨精神は育っていった。

無理やりな婚約に、両親がもぎ取ってくれた条件に、既に抵触しまくっているのだ。あとは証拠さえ揃えれば、婚約破棄も夢じゃない。

そこから1年、半年前の事だ。シルキーがジルベルトに近づいて来た。チャンスだと思って調べると、自分の都合の良い嘘をつく、自己顕示欲の強い性格だとわかった。冤罪ふっかけて来そうなタイプだ。そこから不貞の証拠集めと、徹底的に遭遇を避け、決して1人にならないよう、必ず誰かと行動するようにした。

結果は思った通りだった。

念の為、陛下や両親、スミス公証人にも事前に相談しておいて、今日に至った訳だ。

まあ、まさか陛下と王太子殿下が変装して紛れ込んでくるとは思わなかったけど。

でも、これで私はジルベルトの不愉快な言動から解放された。

心から、ホッとした。


王城で、両陛下と王太子ご夫妻、私の両親、スミス公証人とで婚約破棄の手続きを終えた。第二王子殿下は自室に1週間の謹慎と、その後は海を挟んだ大陸にある友好国へ出荷される事になると言う。王配ではなく、侯爵家へ婿入りとの事だ。この国と言葉は違うが、王族として学んでいる外国語のうちの一つだから、真面目に勉強してれば読み書きにさして苦労はないだろう。…真面目に勉強してれば。

ハワード子爵家は男爵に降格、シルキー嬢は他国の修道院に送られた。国外追放なので、帰国は許されない。逆恨みとか怖いから、少しホッとした。

我がクロノワール公爵家は子供が私だけなので、第二王子殿下は公爵家に婿に入る予定だった。今回の婚約破棄で、慰謝料もずいぶん入ったし、利権も色々頂いた。

ついでに家持ち娘で、大勢の前で今回の婚約破棄だったから、私に瑕疵がないって見学してた方達が広めてくれたおかげか、連日釣書が山のように届いている。

家を継げない次男以降の子息は、きっと家持ち娘なら、誰でも良いに違いないが。

とりあえず、釣書の中から、品行方正で、不貞を働かず、一緒に公爵家を盛り立ててくれ、学ぶのが嫌いでなく、ここ1番大事、私を愛して大事にしてくれる人を探さなければ。時間はまだある。しっかり調べて、両親やスミス公証人、両陛下と王太子殿下と王太子妃殿下の了承が出たら、まず会ってみる事となった。


…やたらハードルが高い気がするのは気のせいだろうか?


私、婚約出来るのかな…?

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― 新着の感想 ―
お話は因果応報ですっきりしておもしろかったです! ただ、こんな自国の恥みたいなプライドばっか高くて騙されやすい上に思い込みの激しい人間性糞オブクソ王子を他国に出荷して大丈夫ですかね…? シルキーのウソ…
この作品は、婚約破棄の場面で主人公があわてずに冷静に準備をしていたところが、とても印象に残りました。特に「神獣の口」という魔道具を使って真実を明らかにする展開は、おもしろくて最後まで一気に読むことがで…
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