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魔王、女子高生に転生する。  作者: 平木明日香
第1章 スカートとパンツ
1/2

プロローグ



 キーンコーンカーンコーン——



澄みきった金属音が、空気を切り裂くように鳴り響いた。高く、均一で、どこまでも無機質な音。


それはかつて私の玉座の間に鳴り渡っていた、戦の号令とも、断頭の合図とも違う。血の匂いも恐怖も、服従も伴わない、ただの「始まり」を告げる音だった。


教室のあちこちで、ざわめきがすっと収束していく。椅子が引かれる音。机に触れる腕。小さな咳払い。まるで見えない鎖に繋がれた兵士たちが、一斉に姿勢を正したかのようだった。私は窓際の席に座りながら、その光景を静かに観察していた。


窓の外には、整然と並ぶ灰色の建造物群。石ではなく鉄でもなく、奇妙に滑らかな素材で作られた直方体。遠くには緑色の矩形——「グラウンド」と呼ばれる場所が広がり、その中央には白い枠が置かれている。


あれは処刑台ではないらしい。以前、それを口にしたとき——


『違うから。あれはサッカーゴール』


頭の奥から、不機嫌そうな声が響いた。今も同じ場所に、その気配はある。小さく、だが確かに存在する、もう一つの「私」。


……ふむ。


この「ホームルーム」とやらも、やはり奇妙だ。一定の時刻に同じ部屋へ集まり、同じ方向を向き、誰か一人の話を聞く。形式としては、軍議に近い。そう思考した瞬間、


『違うって言ってるでしょ……』


呆れたような声が、意識の奥でため息を吐いた。


龍宮寺さくら。


それが、この肉体の本来の所有者の名だ。


そして——私は、侵入者である。この世界に転生してから、一ヶ月が経過していた。いや、「転生」という言葉は、やや正確性に欠けるかもしれない。私は死んだ。確かに、死んだのだ。玉座の間で。燃え落ちる城の中で。忠臣たちの絶叫と、裏切り者の歓喜に包まれながら。胸を貫かれ、魔力を散らし、王としての終焉を迎えた。


——それが、最後の記憶だった。


次に目を覚ましたとき、私はこの脆弱な肉体の内側にいた。硬い鱗もなければ角もない。魔力の奔流も感じられない。あるのは、柔らかく、あまりにも無防備な人間の身体。それも——女子高生、という存在だった。


最初は混乱した。いや、混乱したのは、むしろ向こうの方だった。


『出てって……お願いだから、出てってよ……』


泣きながら、何度もそう訴えてきた。だが、不可能だった。私は既にここに「在る」。消えることも、離れることもできない。時間の流れと共に、彼女はそれを理解していった。


七日目の夜。


彼女は、ついに抵抗をやめた。


『……じゃあ、約束して』


弱々しく、それでも必死に。


『昼の間だけでいいから……私の代わりに、生きて』


奇妙な契約だった。


昼は私。


夜は彼女。


一つの身体を、二つの魂が分け合う。


滑稽で非合理で、そして——実に人間らしい妥協だった。


私はそれを受け入れた。理由は単純だ。騒がれるのが、面倒だったからだ。それに、この世界には興味があった。魔法のない世界。魔族のいない世界。誰も、私を恐れない世界。窓ガラスに映る自分の姿を見る。


黒く長い髪。整った顔立ち。華奢な肩。


これが、かつて幾万の軍勢を跪かせた存在の姿だと、誰が信じるだろうか。


——魔王。


その称号は、今やどこにもない。


ただの、女子高生。


ただの、龍宮寺さくら。


『……変なことしないでよ』


頭の奥から、小さな警告が届く。私はわずかに口元を緩めた。安心しろ、と心の中で返す。私はまだ、この世界の規則を学んでいる最中だ。


力はない。


軍もない。


だが——


それでも、私は私だ。魔王であった記憶は消えない。支配する側の視点も、戦う者の本能も、この魂に刻まれている。


ならば、観察しよう。



この世界を。


この社会を。


この「学校」と呼ばれる小さな箱庭を。



やがて知ることになるだろう。なぜ私が、ここにいるのかを。なぜ、この肉体を与えられたのかを。


そして——


再び世界が私を必要とする、その時を。



チャイムの余韻が、完全に消えた。静寂の中で、扉が開く音がする。誰かが入ってくる。新たな日常の始まり。


あるいは——


新たな運命の、始まり。


私は静かに前を向いた。魔王としてではなく。龍宮寺さくらとして。この奇妙で脆く、そして計り知れない可能性に満ちた世界を、生きるために。

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