佐多稲子「狭い庭」東大入試問題解説
※本文と問題は下記で見ることができます。
https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400239115.pdf
◆はじめに
ひとことで言うと、物語を読む楽しさを感じることができる小説だった。
設問も適切で、受験生がこの物語をちゃんと読みとれているかを尋ねるポイントを押さえている。登場人物それぞれの性格や考え方・心情を、一般的な常識の範囲内で推察することができる。本文も設問も平易だが、正確な読み取りと、読みとった内容を適切にまとめる力を問うている。
正統派の本文であり、物語の読み方やまとめ方を真正面から尋ねる設問だった。国語の問題の手本となるものだ。
◆本文のまとめと解説
「小柄な痩せた男」が「苗木を背中にまっすぐに背負って」「庭に立つ」。「女性的な声だけどどこか格式張ってい」る挨拶とともに、「帽子をとって腰をかがめ」る。その「表情」は、「細おもての柔和な、むしろ伏し目がちの弱気な」ものだった。彼の物腰はとても丁寧で慎み深く、「目を伏せ、気弱に」対応をする。
この男はのちに「爺さん」・「植木屋の爺さん」と呼ばれ、さらにその後にやっと、「伊志野剛直」という「いかめしい姓名」が明かされる。
「爺さんの背負ってくるのは、いつも殆ど一尺ばかりの苗木」であり、「そんなに小さいの?」と言う「しげの」に、「なに、すぐ檜葉は大きくなりますです」と答える。この答えは、設問(三)の解答の根拠となる。
控えめな植木屋に対し、しげのは「お茶を出したり、丁度昼飯どきには、そうめんを分けて出したりした」。また、ふたりのやり取りはざっくばらんで、しげのは植木屋を「心易く」思っている様子がうかがわれる。しげのは植木屋の「対手上手」なのだ。だから植木屋は「安心」して「縁側に腰をおろし、」、「ときには」「しばらく休んで行ったりした」のだ。「両方でなじんで」いる様子。
「順吉」がしげのの夫であることは、だいぶ後に出てくる「順吉夫婦」という表現から分かる。彼の前での植木屋の言葉の「調子には歌うようなひびきがあって、ちっとも卑屈なものがない。優しい顔をしている」。しかし、しげのから「今度は少し大きい樹を持ってきてくれ」と言われると、「ちょっと悲しい表情をする」それに「気づくのは彼(順吉)だった」。
植木屋は相変わらず「一尺ばかりの苗木ばかり」持ってくる。しかし、「格式張った口調で、ときには自分の苗木に鹿つめらしい説明をすることもある」。自分の苗木に自信を持っているのだ。
ここまでの安定した場面に、変化が訪れる。順吉が「少々もの足りなくなって」、「本職の植木屋に頼んで」「軒まで達する高さの樫の木」を庭に植えるのだ。これをきっかけに、人間関係も変化する。
順吉は植木屋を「おもい出して、(ア)彼に気の毒なおもいをさせるような気がした。三千円と言えば苗木屋の二年間に運んだ植木代の倍であった」からだ。
いよいよ樫の木などを植えているという場面に、「彼が内心で気づかっていたとおり、丁度その最中に、苗木屋の伊志野剛直が、いつものように茣蓙包みを背負ってやって来た」。
苗木屋は「本職の植木屋には顔を合せず、いつものように軒先に来て腰をおろした。しげのもやはりいつものようにお茶を出し」た。この後のふたりのやり取りはややぎこちないものとなる。「いつものように」はいかないのだ。
順吉は「苗木屋に顔を合わせることができないで、隠れるようにしていた。順吉にはそんな気の弱いところがある。気が弱いというよりは、伊志野に対して、いささかの裏切りをしたような、自分を責めるおもいさえ彼は感じていた。」
順吉は植え込みに「満足しながらも」、しげのに「あのいつもの植木屋の爺さん、厭な気がしただろうねえ」と尋ねる。「しげのの方は割り切ったように、(イ)「だって、あのおじいさん苗木ばっかりですもの、仕方がないですよ」」と言い、また、「もう、うちの庭も広くない」から、もう来ないだろうと言う。彼女の推察通り、苗木屋は「それっきり、この家の庭先に姿を現さなくなった」。
一年後、(ウ)「苗木屋の植えた囲いの檜葉は倍の丈に伸びて、結構、形を成した」。苗木屋の見立て通りだったのだ。
順吉は思う。苗木屋は、「この庭に、というより、順吉夫婦に親しみを寄せていたと」。だから順吉は、「本職の植木屋を入れたとき、彼(苗木屋)を裏切るような、後ろめたさを感じた」のだ。二度と「姿を現さない、ということで一層順吉は、彼を傷付けたおもいが消えない」。
これに続く地の文は、語り手の説明ではなく、順吉の思いであることを理解して読みとらねばならない。
苗木屋には、「苗木しか持って来られない事情があったのであろう。本職の植木屋とゆき合ったとき、彼は、だから引け目を抱いたのにちがいない」。「それ以来ぱったり姿を見せない、ということは、伊志野剛直の誇りなのか」。
次に順吉自身も伊志野剛直と同じような経験・「嫌なおもい」をする。「請求書の計算をまちがえ」、「若い店員がずけずけと店主の前でそれを云い、順吉は一言もなかった」。彼は「自分の年齢を引け目に感じ」る。何も知らない、自分よりも若い者に邪険に扱われる屈辱。その時順吉は、「ふっと心のどこかで、姿を現さない苗木屋の誇りをおもい出していた」。自分の仕事に自信と誇りを持つ苗木屋へ共感するのだ。
「あの、植木屋の爺さん、どうしたかね」と気にする順吉に、しげのは、「あれっきり来ませんね~少し変わってましたよ、ね」と答える。続く地の文は、「しげのには、伊志野剛直の誇りはわからないらしい」と説明する。これも順吉の感慨だ。
物語は次のように結ばれる。「大田順吉は黙ったまま、あの苗木屋に対する自分の裏切りと、そして再び姿を見せぬあの苗木屋に、(エ)同感とも羨望ともつかぬ、なつかしさを、じいっと感じて立っていた」。
◆設問
(一)「彼に気の毒なおもいをさせるような気がした」(ア)とあるが、それはなぜか、説明せよ。
(二)「だって、あのおじさん苗木ばっかりですもの、仕方がないですよ」(イ)とあるが、なぜそのように言ったのか、説明せよ。
(三)「苗木屋の植えた囲いの檜葉は倍の丈に伸びて、結構、形を成した」(ウ)とあるが、ここからどのようなことがうかがわれるか、これまでの経緯を踏まえて説明せよ。
(四)「同感とも羨望ともつかぬ、なつかしさ」(エ)とはどのような心情か、説明せよ。
◆設問解説
(一)
・この設問は、本文の3ページ目の半ばに設けられており、そこまでの部分に、この物語の場面設定がなされている。それを丁寧に読みとる必要がある。
・(一)の傍線部は、文の途中に施されており、当然一文全体について考える必要がある。「そのとき順吉は、伊志野剛直をおもい出して、(ア)彼に気の毒なおもいをさせるような気がした」。これに続く、「三千円と言えば苗木屋の二年間に運んだ植木代の倍であった」の部分が直接的な答えとなる。
まず、「そのとき」とはいつなのか、なぜ「順吉は、伊志野剛直をおもい出し」たのかを確認しなければならない。その上で、順吉が苗木屋を「気の毒」だと慮る理由を考えることになる。
苗木屋の物腰は丁寧で慎み深く、また彼は順吉夫婦となじんでいた。
自身の植木に自信がある苗木屋。苗木屋と順吉夫婦には、信頼関係が成立していたのだ。
それにもかかわらず順吉は、「少々もの足りなくなって」、「本職の植木屋に頼んで」「軒まで達する高さの樫の木」その他の移植を依頼してしまう。
この後に来るのが、順吉は植木屋を「おもい出して、(ア)彼に気の毒なおもいをさせるような気がした」の部分。
「そのとき」とは、立派な植木の移植を本職の植木屋に依頼した時。
「伊志野剛直をおもい出し」、「彼に気の毒なおもいをさせるような気がした」のは、これまで懇意に植木の世話をしてくれていた伊志野剛直との信頼を「裏切り」、「厭な気」にさせて申し訳ないと思ったからだ。
だから順吉は、いよいよ樫の木などを植える「丁度その最中に、苗木屋の伊志野剛直が、いつものように茣蓙包みを背負ってやって来た」時、順吉は「苗木屋に顔を合わせることができないで、隠れるようにしていた」のだ。「自分を責めるおもいさえ彼(順吉)は感じていた」。苗木屋は、「この庭に、というより、順吉夫婦に親しみを寄せていた」。だから順吉は、「本職の植木屋を入れたとき、彼(苗木屋)を裏切るような、後ろめたさを感じた」のだ。二度と「姿を現さない、ということで一層順吉は、彼を傷付けたおもいが消えない」。こちらが主になる。
(ア)のすぐ後に続く、「三千円と言えば苗木屋の二年間に運んだ植木代の倍であった」という理由は、あくまでも従だ。
しげのから「今度は少し大きい樹を持ってきてくれ」と言われると、「ちょっと悲しい表情をする」。苗木屋には、「苗木しか持って来られない事情があったのであろう」。
(一)解答
自分たちに親しみを寄せ、何かの事情から苗木ばかりを世話してくれていた伊志野剛直を裏切り傷付けてしまい、順吉は申し訳ないと思ったから。
(二)
①苗木屋が持ってくる植木は、いつも小さいものばかりだった。それに対ししげのははじめから苦情をもらしていた。「あら、小さいのね」、「あら、そんなに小さいの?」などだ。苗木屋はただ、「すぐ」「大きくなります」と答えるばかり。やや懇意になった後に、「「今度は少し大きい樹を持って来てくれ」と不満そうに云う」が、「しげのに云われても、その苗木屋のその次に持ってくるのはやっぱり一尺足らずの苗木ばかり」だった。
だからしげのは「割り切ったように、(イ)「だって、あのおじさん苗木ばっかりですもの、仕方がないですよ」」、「もう、うちの庭も広くないもの、植えるところもないですよ」と言ったのだ。
②「「今度は少し大きい樹を持って来てくれ」と不満そうに」言われ、「ちょっと悲しい表情をする」のに気づくのは順吉だけで、しげのは気づかない。
傍線部は、夫の順吉の「あのいつもの植木屋の爺さん、厭な気がしただろうねえ」という言葉に対する反応なので、苗木屋に対する夫婦の捉え方や感情の相違も、解答に書き込みたい。
従って解答は、①と②を合体させたものとなる。
(二)解答
懇意にはしていたが、何度大きい樹を依頼しても苗木しか持って来ないし、もう植える所もないため、伊志野剛直の悲しげな表情に気づかないしげのの割り切った気持ちから。
(三)
設問(二)と同じ流れの問いと答えになる。
何度依頼しても苗しか持って来ない苗木屋に、しげのは不満を漏らしていた。それに対し苗木屋は、「なに、すぐ檜葉は大きくなりますです」と答える。また、苗木屋は、「格式張った口調で」、苗木の「鹿つめらしい説明をすることもあ」った。自分の苗木に自信があり、それは知識と経験に裏付けられていたのだ。(ウ)のような状態に至ったのは、苗木屋の見立て通りだった。
(三)解答
何度依頼しても苗しか持って来ず、「すぐに大きくなる」という苗木屋に、しげのは不満を漏らしていたが、実際に一年経ってみると立派に成長したことで、知識と経験に裏付けられた自信から述べられた言葉であり、苗木屋の見立て通りだったこと。
(四)
この設問は、(一)~(三)の問いと解答をふまえて解く(解ける)問題。
順吉は基本的に苗木屋に心を寄せている。
「今度は少し大きい樹を持ってきてくれ」と不満そうに云うしげのに対し、「苗木屋の表情の悲しげなのに気づくのは彼(順吉)だった」。
(一)の大きな植木を植える場面で順吉は、それまで懇意にしていた苗木屋を袖にしたことに、「気の毒なおもいをさせるような気がし」、そのため彼は、「苗木屋に顔を合わせることができないで、隠れるようにしていた」。「いささかの裏切りをしたような、自分を責めるおもいさえ彼は感じていた」。
(二)では「仕方がないですよ」とあっさり・キッパリ割り切るしげのに反し、順吉は「彼を裏切るような、後ろめたさを感じ」、「それ以来、伊志野剛直がこの庭に姿を現さない、ということで一層順吉は、彼を傷つけたおもいが消えない」。
順吉は推察する。苗木屋には「苗木しか持って来られない事情があったのだろう」。「だから引け目を抱いていたのにちがいない」。
「それ以来ぱったり姿を見せない」「伊志野剛直の誇り」を感じる順吉だった。
順吉自身も伊志野剛直と同じような経験・「嫌なおもい」をする。「請求書の計算をまちがえ」、「若い店員がずけずけと店主の前でそれを云い、順吉は一言もなかった」。彼は「自分の年齢を引け目に感じ」る。何も知らない、自分よりも若い者に邪険に扱われる屈辱。その時順吉は、「ふっと心のどこかで、姿を現さない苗木屋の誇りをおもい出していた」。自分の仕事に自信と誇りを持つ苗木屋へ共感するのだ。
(四)解答
順吉が感じた「なつかしさ」は、自分も苗木屋と同じように年少者に馬鹿にされ年齢を引け目に感じる体験をしたことによる共感(「同感」)と、それにもかかわらず自分の仕事に自信と「誇り」を持ち続けた苗木屋を羨む気持ち(「羨望」)。
◆物語の感想
植木屋としての矜持・プライドを保ち続けた伊志野剛直。その物腰は丁寧だが、彼には経験を背景にした知識と自信がある。
順吉はそれを感じ、「同感」と「羨望」を抱く。
これに対ししげのは、苗木屋の本当の姿と心情に気づくことができない。
このような登場人物三者の違いが、本文を読み進めるにしたがって浮き出してくる物語だ。
読者は伊志野剛直の「苗木しか持って来られない事情」と、まだ「小学生の女の子がある」彼のその後に思いを致すだろう。