いや、どういうこと!?
「……………。」
透花は、黙りこくっていた。
目の前の少年――火の中で自分を助けてくれた彼が、自らを『怨霊であり守護霊様』と名乗った、その瞬間から。
「……………。」
彼女は、ただフリーズしていた。
口をぽかんと開けたまま、まばたきすら忘れて、じっと動かない。
(……あれ?)
夜宵と名乗ったその少年は、少し困ったように笑う。
「おーい、聞こえてる……?」
「……………。」
「透花?おーい?」
その声で、透花の肩がビクリと震えた。
そして透花は立ち上がり、勢いよく部屋のドアを開け放った。
「ここに!!変質者がいます!!!!誰か来てくださぁぁぁい!!!!!!」
透花の大絶叫が、ホテルの廊下に響き渡った。
「えっ、ちょっと何やってんの!?」
夜宵は目をまんまるにして、まばたきを連発しながら、わたわたと手を振る。
すると、隣の部屋から父が慌てて飛び出してきた。
「透花!? どうした!」
続いて、他の宿泊客たちも顔を覗かせて騒然とする。
「お父さんっ!!あいつ!!あそこにいるあの人が……!!」
透花は部屋の中を指差す。
確かに、そこに夜宵は立っていた。
ものすごく堂々と。
けれど――
「……? 誰が、いるんだ……?」
父が、困惑した声を出した。
他の人たちも、部屋の中を見まわして、同じように眉をひそめていた。
「いや、だからっ!!あそこにっ!!奴がいるんだってばぁ!!!」
「……透花、それは……」
父が、一歩近づいて、透花の肩にそっと手を置いた。
その手は優しくて、でもどこか腫れ物に触れるような気遣いがあった。
「火事のせいで、まだ少し気が動転してるんだな。無理もないよ。大丈夫、大丈夫だから」
「ち、違うって!!私はほんとに……っ!」
透花が叫ぶその後ろで、夜宵はと言えばひとりだけ腹を抱えながら、豪快に笑いころげていた。
みんなの視線が、透花だけを見ている。
見えているのに、誰も信じてくれない。
「……っ!」
透花は、突然その場から駆け出した。
「透花っ!!」
父の声が背後から追ってきた。
だけど彼女は振り返らず、階段を駆け下り、ホテルのロビーを抜け、夜の街へと飛び出していった。
ーーー
息が切れた。
喉が焼けるように痛む。
透花はコンビニ近くの公園のベンチに腰を下ろし、隣の自販機で買ったお茶をゴクリと飲んだ。
(……なんで、誰にも見えないの……!?)
まだ心臓がドキドキしている。
今にも泣きそうで、それでも泣けなくて、目だけが潤んでいた。
その瞬間。
「それ、いつも飲んでるやつだー!」
「フブッ!!!!!!」
透花は、盛大にお茶を吹き出してしまった。
「え、ちょ!?大丈夫!?!?」
透花が咳き込みながら顔を上げると、そこに立っていたのは霧沼夜宵だった。
「うそでしょ!?なんでここにいんの!?!?」
「え?だーかーらー、言ったじゃん。俺さ、君の守護霊様なんだってば!」
夜宵は、まるでイタズラが成功した子どもみたいに笑っていた。
「あ、あと、『怨霊』ね!」
「いや、どういうこと!?怨霊が守護霊って意味わかんないんだけど!!?」
透花の叫びに、夜宵は肩をすくめる。
「まぁね! でも、なれちゃった!俺って、ちょっと未練タラタラだっただけの、わりと善良な怨霊だからさ!!」
「『わりと』って何!?!?しかも『善良な怨霊』ってなんだよ!!」
「いやでも、心配ならしなくても大丈夫だよ? 怨霊だけど、透花には被害与えてないもん。むしろ助けてきたし!!」
夜宵はケロリとした顔で、指を立てて笑ってみせる。
透花はというと、頭を抱えながらうめいた。
その夜、透花の『非日常』が、本格的に幕を開けたのだった。




