視える目
春の風は、どこかくすぐったくて心地よい。
舞い散る桜の花びらが、少女の髪にふわりと触れては、ひらひらと舞い落ちていく。
その少女の名前は相楽透花。高校二年生だ。
今日も、学校帰りに町外れの小さな神社へと足を向けていた。
神社の隣には、古びた木造の一軒家が建っている。
「ばあちゃーん、来たよー!」
玄関を開けると、お香のほのかな香りと、畳の温かい空気が迎えてくれた。
この家には、透花がいちばん信頼している人がいる。
「よう来たね、透花。」
迎えてくれたのは、白髪をひとつに結んだ女性、相楽朋子。
透花の母方の祖母であり、古くから続く神社の巫女として、地元では少し知られた存在だった。
透花は、生まれたときに母を亡くした。
それ以来、父と二人きりの暮らしだ。
仕事一筋で寡黙な父は優しいけれど、あまり言葉を交わさない。
というか、交わす時間を、忙しさが許さなかったのだ。
その空白を埋めてくれたのが、おばあちゃんという存在であった。
「ねえばあちゃんさ、結局のところ『幽霊』とかって本当にいるの?」
「おるよ。見えんのは、あんたがまだ『視える目』を持っとらんからや。」
「……いや、まだっていうか、多分私一生持たないと思うよ?その『視える目』ってやつ。」
そう、透花自身は生まれてこの方、何ひとつ“視えたこと”がない。
心霊現象とは無縁。金縛りもなし、白いもやも見たことがない。
おばあちゃんの話は、正直ちょっと怖くて、でもどこか非日常的で面白くて。
子どもの頃から何度も聞かされていたから、話半分で軽く受け流していた部分があった。
「あんたって子は偉そうに言うねぇ。……けど透花、『視える目』ってのは、何かを失ったときに開くこともあるんだよ」
「うわ、やめてよ。そんなフラグみたいなこと言うの、夜トイレ行けなくなるじゃん。」
ちゃぶ台に座ってお茶をすすり、羊羹をつまむ。
テレビもつけず、ただ話しているだけなのに、不思議と心がほどけていった。
「ばあちゃんは……、いつまでも元気でいてね」
「私は死なんよ。百まで生きるって決めとるからね。」
そう言って笑った祖母の笑顔が、透花の胸に深く刻まれた。
まさか、その翌朝。
そんな最愛の人がこの世からいなくなるだなんて、夢にも思っていなかった。




