勇者になれなかった僕 1-1
世界が変わる時はいつも突然だ。
平々凡々で、特別な才能も持たない杉山蓮と、活発で明るく頼りなる片桐拓也は二人で見知らぬ土地に召喚された。
いつもと変わらない学校の帰り道を歩いていただけなのに、突然足元が光ったと思ったら、目の前には見慣れぬ衣服に身を包んだ人たちがいた。その人たちの中心に一冊の本を手に持った長い髭を携えた老人がいた。
足元には円形の図に見たことのない文字がびっしりと書かれていた。その図は、最初は淡く光っていたが、時間が経つにつれて色を失い、ただの真っ黒な線に変わる。
驚いている二人は、呆然と目の前の人たちを見つめた。
すると、中心にいた老人は大きな声で「勇者の召喚に成功したぞ!」と叫んだ。
そこから老人の興奮が周囲の人々に伝播していく。おそらく後ろの方にも人が詰まっていたのだろう、歓声は徐々に大きくなり、やがてその空間を震わすほどの声が上がる。
狂気的で熱狂的なその様子に、蓮は眉を顰めながら拓也の方に近寄った。拓也も目の前の光景が異常であることに気がついているようで、蓮を守るように後ろに隠した。
「あんたら、なんなんだよ……俺たちをどうするつもりだ!」
蓮を庇いながら拓也は威嚇するように声をあげる。うねるような歓声にも負けずと響いたその声は、中心にいた老人の耳に届いた。老人が片手をあげると、歓声は一瞬にしておさまった。打って変わって、シンとした静寂の音が耳について離れない。
「これはこれは、失礼いたしました。勇者様」
慇懃な態度で老人は腰から体を曲げた。そして再び頭を上げたときには、にこやかに笑って、さも歓迎していますよと言わんばかりの態度を見せた。
その優しそうな様子に蓮は思わず気を許しかけたが、拓也は決して警戒を解かなかった。
「勇者? なんのことを言ってるんだ?」
拓也は眉を顰めて老人に聞き返す。
「勇者とは、この地を再生の道に導くもののことを指します。北の地に居を構える魔王を倒し、この世界に繁栄をもたらしてくれる――それが、勇者なのです」
大きく手を広げて老人は天を仰ぐ。まるで今まさに、神託でも授かっているかのように、老人は恍惚とした表情を浮かべる。その周りにいる人たちは、老人の言葉に大きく頷いていた。
「悪いが、俺たちは勇者なんてたいそうなものじゃない。ただの高校生で、特別な力なんてない。だから、あんたたちの期待には応えられない」
「いいえ、いいえ。現にこうして我らの前にいるのが勇者の証拠。なぜなら、我らは勇者召喚の儀を行い、あなたたちをここへ導いたのですから」
なんとしても蓮たちを勇者に仕立てたいのか、老人は拓也の反論にも耳を貸さない。その態度に、拓也の眉間のシワはより深くなる。
「話の通じない人だな……もう、勇者でもなんでもいいから、俺たちを元の場所に帰してくれ」
「それはなりません! あなた方、勇者様には魔王を倒していただかないと!」
老人が拓也の言葉に衝撃を受けたように、大袈裟にその場によろめく。その背中を他の人たちが支え、口々に賛同の声を上げる。
すると、その声に背中を押されたのか、老人は体を持ち直して二人に一歩近づいた。そして、にっこりと笑っていうのだった。
「さぁ、勇者様。新しい旅路の始まりですぞ」
老人の言葉が合図だったようで、すぐに群衆の中から数名の人たちが二人のもとに駆けつけてきた。屈強な鎧を纏った男たちが蓮と拓也の体を持ち上げると、メイド服に身を包んだ女性たちが二人の荷物を持ち上げる。そして、あれよあれよとしている間に、二人を別室に連れて行った。
どれだけ抵抗しても、鎧を纏った男たちの力には勝てず、二人は別々の部屋に通された。