同僚のCの話
当時、中学生の兄がね。
放課後に、家に友達を連れてきては部屋でゲームやってたんだ。
同級生だけじゃなくて下級生や先輩も遊びに来てた。
いつも決まった子たちだったな。
その中で一人、別になんてことない普通の男の子だったけど、ネクタイの色からして、先輩だったと思う。
リビングから兄の部屋へ行く時に、
「お邪魔します」
ってニコッて挨拶してくれる人だった。
しばらしくて、最近あの先輩、遊びに来なくなったな、受験で忙しいのかなと思ってたら、兄が母に、
「○○先輩、家族で夜逃げしたらしい」
って話してるのを聞いた。
それから間もなくして、地元の峠道で乗用車が崖下に落ちたってニュースが流れたの。
車に乗っていた家族3人の死亡が確認されたんだけど、それがあの○○先輩の家族で、○○先輩も乗ってたはずなのに、遺体も見付からず、行方不明のまま。
しばらくは騒がれた。
ただでさえセンセーショナルな事件だったけど、そもそも先輩のお家は、別に夜逃げするような理由はなかったんだって。
でも先輩だけは遺体も見付からず、段々、そのうち誰も話題にしなくなっていった。
それでね。
私、ちょっとした特技があって、一度見た人の顔を絶対忘れないの。
名前もね。
それから何年も経って、私は上京して。
大学卒業してからもこっちで就職して、初めて配属された部署の仕事で、外装リフォームの店舗へ行ったの。
大手じゃなくて、町の小さな、業者に委託されるタイプの。
そしたら、
「お待たせしました」
って出てきたのが、あの先輩だったんだよ。
先輩は当然、あの頃より顔も身体も成長はしてたけど。
家族で夜逃げして、事故で家族3人が亡くなって、1人だけ行方不明だった、あの家族のあの先輩。
間違えるはずもない。
でも、名刺の名前は、全然違う名前だった。
私が驚いてしまったせいか、
「久しぶり、Cちゃん」
って、まさかの先輩もね、私の事を覚えてた。
ほんの数回、ちらと挨拶をしただけの人間なのに。
先輩も、私と同じ特技を持ってたのかも。
でも、仕事だったからさ、挨拶ならともかく、プライベートな話はできないでしょ。
隣に上司もいたし。
だけどね、次に店に行ったら、先輩はもう居なかった。
担当の人も急ですみませんって代わってしまった。
「あの、○○さんは?」
と聞いたら、
「急に実家に帰らなければならなくなったと……」
と、いきなり辞めた事は伝えられたけど、代わったその人も、何か知ってそうな、何か含みのある顔してたけど、何も教えてはもらえなかった。
夜逃げとか事故が起きたのは九州の方の出来事で、会ったのはこっち、関東。
お正月に実家に帰った時、兄もいたけど、なんとなく話せなくて、そのまま。
それっきり。
先輩に何が起きたのかなんて、勿論わからない。
ただ、生きてた。
でも、昔の知り合いの更に知り合い未満の私との再会程度で、姿を消すんだよ。
タイミング的に他の理由があったのかもしれないけど、何となく、先輩と共に地元にいた私だから、駄目な気がした。
何となくだけど。
それから、何年経ったかな。
東北地方へ旅行へ行った時、宿でテレビ点けたらね、ニュースやってたの。
ほら、地方のテレビって少しずつ違うじゃない?
あれが楽しくて、ついテレビ観ちゃうの。
そしたらちょうどニュースの時間で。
観光客だけでなく、地元の人にも人気の、見晴らしの良い観光道路で、深夜に車が崖下に落ちて炎上。
運転していた男性は、車内から投げ出され死亡。
身元の分かるような所持品は残ってなくて、車はレンタカーだって。
警察はそれを足掛かりに男性の身元を追っていく。
的なね、そんな感じの内容だった。
私、そのニュースだけ凄く気になって、旅行から帰ってもしばらくその事故のこと追ってたの。
そしたら、1ヶ月位してからかな。
『18年前、車で崖下に落ちた家族の、行方不明になっていた当時中学生だった男性だと警察の調べで明らかになった』
って続報を見付けた。
行方不明者リストのDNA鑑定で一致したんだって。
そう。
結局ね、先輩と先輩の家族に何があったのかは、本当に分からなくなっちゃったけど、先輩が18年前に死んだ家族と同じ死に方をしたのは、偶然なのか、意図的なものなのか。
免許証も、レンタカー借りられる程度には精度の高い偽装していたものか、他人の免許証を、使っていたんだろうね。
他にも驚いたことがあって。
「先輩、あんなところまで北上してたのか」
それにもね、びっくりした。
もし生きてたら、そのうち北海道まで行ってたのかな。
北海道まで行って、それから、それからはどうするつもりだったんだろう。
先輩は一人になっても、ただ、小さな町の小さなリフォーム会社の営業マンとして生きてた。
地味に、地味に、目立たず、ひっそりと。
何かから隠れていた?
何から?
わからない。
でも、結局、何かからは逃げ切れずに、先輩は死んでしまった。
長い前置きでごめんね。
でも。
必要だと思ったから。
ここからが本番。
昨日、実家から電話あったの。
普段は全然ないのに。
「ちょっと△△(兄)と温泉行ってくるから」
「なんかねぇ、携帯も繋がらない秘境なんだってさぁ」
「一応ね、ほら、言わないと、あんたも家族なのに、仲間外れみたいじゃない」
それがね。
凄く、変なの。
妹の私と同じで、普段は年末年始に帰省するだけの兄が、なぜか今、5月の半ば過ぎに実家に帰省していて、なぜ両親を温泉に誘っているのか。
そもそも、そんな親孝行するタイプでもない。
「なんで?え?兄貴、仕事辞めたりしたの?」
意味分からなくて聞いたんだけどね
「ほら、◯◯✕△◯だから」
「心配せんとも」
「あんたは」
「きたへ」
で、電話切れちゃったの
ーーー
仕事場は、仕事をする場所で
仲良しこよしの仲間を見つける場所ではない
長らく
そう思ってた
だけど
とても運良く
同期の
この今の語り手のCと仲良くなった
仕事の愚痴もさ
互いの仕事を知っているだけに
1つ溢せば
「痒いところに手が届く」
って感じのレスポンスをくれるから
「凄くわかるー!」
の
「わかる」
の密度が、解析度が高い
「あぁ、同期の仲間っていいな」
と思ってたし
今でも思ってる
その日は
約束してたとかじゃなくて
たまたま同じ時間に仕事終われて
たまたま食事してた時
「あのさ、ちょっと聞いてくれる?」
って、Cが話した内容が上記のこれ
てっきり仕事の愚痴かと思って
ここぞとばかりに、
「わかる、わかる!」
とシンクロ率上げてやろうと思ったのに
思ってたのと違うじゃん
「……怖いよ」
フィクションです、的なこと言って欲しい
けど、
「ごめん……重いよね」
しゅんとしてあからさまに肩を落として謝られると
「……それで?」
聞くしかないじゃん
でも
「それだけ」
それだけって
「私、仕事は昨日休みだったでしょ。次の休みまでは4日あるし、実家は飛行機の距離だし」
そう簡単に様子を見に行くことも出来ないと
実家の電話は勿論
「お兄さんは?」
「ずっと留守電」
「どこ住んでるんだっけ?」
「関西」
そこそこに遠いね
「地元の友達は?」
「……全然、1人もいない」
運ばれてきた食後のデザートを黙々と食べて
「明後日のシフト代わるからさ、行ってきたら?」
店を出て、駅に向かいながら
「1泊でなら弾丸で家に様子を見に行く位はいけるでしょ」
と、同僚の私が出来る唯一の協力を提示して見せたけど
「……あのね」
コンビニの前で足を止めたCが、
「今思えば、家に遊びに来てた兄の友達、みんな、外からやってきた家の子達だったなって、思い出したの」
外
「勿論、うちの両親もね、外からの人」
それが、関係あるのかないのかは、分からないけれどと
(……外)
Cの実家があるのは
集落的なものか、島的な場所なのか
そして多分
Cの兄は
「外仲間」
と思われる友達はいたけれど、Cは、地元には友達は1人もいないと
その後
Cはまだ仕事に来ている
結局
「……怖くて帰れなかった」
と
「私のこと、薄情だと思う?」
と聞かれたけれど
「そんなことない」
そこははっきり否定した
でも今も
兄はおろか、両親とも連絡は付かないと
普通に働いていたならば、働いていなくとも、近所から、職場から、辿り辿って妹にも連絡が来そうなものだけれど
何もないらしい
両親は普通に近所付き合いはあった、はず
兄に関しては
兄妹共に、お互いに昔から関心がなく
「一緒に暮らしてる赤の他人」
感があり、互いに気を遣うから兄妹喧嘩もなく
だからこそ
帰省した時に顔を合わせても先輩の話も出来なかったと
両親に対しても
「ただ形だけの帰省だった
世間の多くの子供がそうしているからその形に倣って帰るの
両親も
そういうものだからって姿勢だった
はいおかえりって無感動に迎えてくれるだけ」
照れ隠しとかではなくてね
普通の家族を倣ってる感じがした
そう教えてくれたのは
いつだったか
「私はね
実家に向かって家族の安否を確かめるより
何も知らなかったふりをして
温泉に行ったって言葉を信じて
今の自分の基盤となっているこの日々の生活を守りたいと思ったの」
Cの天秤は、後者に傾いた
私はそれを聞いた時
Cと仲良くなれた理由に至極納得できた
そう
私も同じなんだ
家族に対して、情がない
親も娘に対して凄くドライだった
だから
もし、Cと同じ立場になっても、同じことをする
そう
要は
なにもしない
ーーー
それでも、少しは、考えることくらいはする
自分のことではなくCのことだからね
Cの兄の友達の先輩も家族の中で
1人残った
Cも
1人残った
Cの母親の最後の言葉
「きたへ」
北へ
来たへ?
同僚のニュアンスでは
「北へ」
だったと
兄の友達の先輩が最後にいたのも、東北
東北の人からすれば、北は北海道なのだろうけれど、九州の方から見れば、充分に北に値する
それから半年
更に1年後も
Cは同僚として私の隣にいて
私達の仕事ならではの冗談で笑ったり
たまにはお互いの部屋に行き来して
気負いせずにだらだら話すこともあった
だから
私は
多分Cも
完全に油断してたんだ
Cが消えたのは、あれから1年と半年後
仕事は辞めていた
仕事は
Cは移動が決まりシフトから抜けていたから
Cの名前がシフトに入っていなくても気づかなかったんだ
そしてCは
辞めるまでは誰にも言わないで欲しいと上司に口止めしていたと
私は
どうするべきか
Cは
きっと
分かっていた
いつか
自分が消えることを
だから私に話していた
なぜ私なのかは、未だに分からないけれど
「……」
私は、北へ向かうべきなのだろうか
Cを探しに行くならば
全て
とは言わなくても
少なくとも今の生活は捨てることになる
なけなしの貯金もあっという間に尽きるだろう
事の重大さ
大きさ
Cの背後にいるもの
場合によっては
私自身も消える可能性だってある
いつかのCの
「私は薄情だと思う?」
の問いに
私は
「そんなことはない」
と即答した
あれはいつか
近い未来に
こんな風に逡巡する私に対しての言葉でもあったと思っている
私は
どうするべきなのだろう
考えながらも
クローゼットを開く
北へ