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αの悲劇  作者: 馬場悠光
6/6

??? 蛇足

 ご足労いただき、感謝いたします。さあ、どうぞこちらへお掛け下さい。

 

 まずは職場復帰の件、誠におめでとうございます。……いえいえ、礼には及びません。あなたがここまで回復出来たのは、お父様や桐谷を初めとする周囲の人々の支えがあってこそです。

 

 さて、私があなたをここへ呼んだ理由ですが……この容器に収められたモノについての私の見解と、あなたの今後についてのお話をしたかったからです。

 

 数か月前の相須究朗の死を、警察は事故死として処理しました。彼らが事故死として処理せざるを得なかった主だった理由として、あなたが正規の鍵を使わず、錠の掛かったベランダの戸を開ける方法を結局見出す事が出来なかったからです。

 

 ですがもし、その方法があったとしたら?

 

 相須はあなたを拉致する際、扉のドアチェーンをニッパーか何かで切ったと思われます。ですが、チェーンを切る前にしなければならない事があります。シリンダー錠の開錠です。では、相須は何を用いて錠を開錠したのか? それがある事を期待し、私は相須の自室の工具箱を漁りましたが、見つけられたのはニッパーと、それが収められていたと思しき空の入れ物だけでした。しかし代わりに、奇妙な話を一緒に捜査していた婦警から聴く事が出来ました。

 

 その入れ物について婦警に尋ねた所、彼女はそれに、相須が前職の業務で電池交換をする際に用いていたドライバーが入っていたのではないかと推察しました。そして彼女は、相須がその電池交換を初め、靴や鞄の修理、名刺や印鑑の作成といった業務を前職で行っていた事を、あなたから聴いたと言っていました。……この時、私はあなたに対し、初めて不審を抱きました。

 

 私は失踪したあなたを捜索する際、あなたと相須が以前勤めていたマキー株式会社へ赴き、そこで社長の牧氏から、あなたと相須のお話と、会社の業務内容について詳しくお伺いました。あなたは嘘を吐いてはいない。あの会社は確かに、電子機器の電池交換や、靴や鞄の修理、名刺や印鑑の作成を業務としています。ですが、それらはあくまで副業であり、本業は鍵の作成や複製、出張開錠ではありませんか。どうしてそれを警察に言わなかったのか。

 

 仕事人として、あなたを相須は軽んじていたようですが、牧氏の方は絶賛していましたよ。「彼女は入社してからあっと言う間に、一人前の鍵師に成長してくれた」……と。

 

 相須があなたの部屋のシリンダー錠を開けるのに使い、あの革製の入れ物に収めていたモノ。それは鍵師の必需品である、ピッキングツールです。

 

 あなたは桐谷から貰ったドライバーと相須から着せられていたラバースーツで収納から脱出すると、相須の自室からピッキングツールを拝借し、それと前職で培った技術を用いてベランダの戸のクレセント錠の鍵を開け、ベランダへと出た。

 

 ……相須の部屋を捜索しましたが、ピッキングツールは発見出来ませんでした。どこへ消えたのか? そのまま適当な所へ捨てたのでは、いずれやって来る警察にすぐ発見されてしまう。そこであなたは、少々凝った場所へそれを捨てる必要があった。鉄格子の向こうには廊下や玄関だけでなく台所もあり、そこには相須が愛飲していたペットボトルのコーヒーが置いてありました。ですが、そのペットボトルのコーヒーがあったのは、台所だけではありません。相須の死体があった現場の駐車場からほど近い、沼の畔の大量のゴミの中にも混じって浮いていました。あなたはペットボトルにピッキングツールを入れると、ベランダから沼へ向かってそれを投げ捨てた。

 

 私がそこから回収した、このコーヒーのペットボトルの中身……ピッキングツールですが、これをどうするのかは、あなたにお任せします。私はあなたを警察に突き出したり、ましてや強請ろうという気は毛頭ございません。実を言えば、あなたがカメを落として相須を殺害したという直接的な証拠は、私も何一つ発見出来ませんでした。もしかすると、あなたは単にベランダへ出ただけなのかもしれない。もしかすると、相須の死は本当に不幸な事故だったのかもしれない。その上、私が探偵として桐谷から受けた依頼は、あなたが警察に逮捕されないようにして欲しいというものでした。一度、依頼人からの依頼を引き受けたからには、それに応えなければなりません。これが、私の探偵としての責任です。

 

 ですが……大変申し訳ございません、ここからは、あなたが相須を殺害したものと仮定して、お話させて頂きます。

 

 相須があなたに行った仕打ちの数々を鑑みれば、あなたの採った手段は全面的に理解出来ます。ですが、その手段はあくまで非常手段です。これからの人生、非常手段を常套手段としないでいただきたい。創作物の中ほど警察は愚かではありませんし、何よりあなたが次を行えば、私は今度こそ、あなたを追い詰めてみせますから。

 

 私からは以上です。……そうだ、最後にもう一つだけ、あなたにお願いがあります。これからもどうか、桐谷一詩をよろしくお願いいたします。

 

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