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αの悲劇  作者: 馬場悠光
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序章 たとえ、彼女の愛が偽りであったとしても

 赤いセダンが茶で覆われた住宅地を滑る。低く重厚なエンジン音に、揺れの少ない安定した乗り心地。パブリックもプライベートもこいつを操ってこなす。七年ローンで購入した相須究朗(あいすきゅうろう)自慢の愛車。

 

 本日は週末で仕事は休み。相須は街の家電量販店で商品の物色を終え、家へ帰る所だった。彼が欲しい物はペットの見守りカメラ。これがあれば仕事に行っている間もスマホで部屋の中を、彼女の様子を見る事が出来る。すでに数多くの策を講じていたが、神経質で用心深い性質の相須が満足する事はなかった。

 

 相須の暮らしているマンション【フィラキイA】は彼の従弟が一年前に建てた物で、相須はその伝手を利用し、安い家賃で最上階の一番良い部屋に住まわせて貰っていた。従弟曰く建てる際、茶色い家に暮らす近隣住民達が日照権がどうだの景観がどうだの地盤がどうだのと色々騒がしく建設を反対してきたらしいが、相須にとってそんな事情はどうでも良かった。ある程度家賃が安く、何者にも犯されず、少し細工を施せば出られなくなる部屋であればどこでも良かったのだ。

 

 マンションに戻ると、併設された駐車場へ入り、セダンを指定の場所へ駐車させる。珍しい。いつもこの駐車場は他の住人の車が並んでいるのだが、今日は一台も見当たらなかった。

 

 相須はセダンから降りると、遥か上に位置する自身の部屋のベランダを睨みつける。

 

 ――絶対に、外へ出られていないはずだ。

 

 そう思っているのは相須だけであるが、現在相須はあの部屋で恋人と同棲していた。彼が男として最も愛し、憎んだ女。幼少期より毛髪がないというだけで他者から嘲笑され、軽んじられ、虐げられてきた相須を唯一気に掛け、慕い、愛してくれた存在。……しかし、それらは偽物だった。決死の思いで相須もその愛に応えようとしたが、彼女はそれを拒絶した。これまで相須が出会ってきた連中と同類……いや、思わせぶりな態度を取って陰で笑っていた分、そいつらよりも(タチ)が悪いと言えた。

 

 相須は激怒した。殺意さえ抱いた。が、それでも彼女を愛していた。たとえ、彼女の愛が偽りであったとしても、彼の四十三年の生涯で、彼女と共に過ごした日々が唯一幸福に満ちた物であったのもまた事実だった。

 

 周囲の魔の手で一度引き離されてしまった彼女を、再び自分の元へ連れ戻す際に些か非常な手段を用いたため、彼女を傷付けてしまったが、いずれはその傷も癒え、改心し、今度こそ本気で俺の事を愛してくれるはずだ。そう相須は考えていた。

 

 毛髪のない頭を下げると、相須は歩み出す。部屋に招待してからここ数日間、自身が仕事などで外出している間、彼女には窮屈な思いをさせてしまっているが、カメラさえ用意出来れば、もうそんな思いはさせなくて済――

 

 相須究朗は痛みはおろか、衝撃すら感じる事なくその生涯を終えた。

 

 相須の頭を叩き割ったものは、小さな黒い瞳で自身が付けた巨大な傷と、そこから流れ出る血を眺めていたが、やがて興味を失ったかのように首を曲げると、鈍重な足を動かしてその場を後にした。

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