ブログばばあ
施設内で好かれていない「ブログばばあ」。
しかし、彼女のブログを見てみるとそこには。
私の働く老人ホームに通う人で裏では「ブログばばあ」と呼ばれている人がいる。
施設に来るようになってからまだ1か月だが、お昼になると決まって、「ブログブログ」と言って、スマホを操作しだすのだ。
年齢は82歳。
その時間には必ずスマホを操作して一人になりたがるので、施設の人間にはそう呼ばれている。
裏で介護士が利用者の事を「ばばあ」呼ばわりするなんていけないのはわかっていた。
しかし、ブログばばあが移動時間を無視してスマホを操作しているのを注意した私を怒鳴りつけてからは次第に私も裏では「ブログばばあ」と呼ぶようになってしまっていた。
ブログばばあはレクリエーションの時にはつまらなそうな顔をする。内容が子供じみててつまらないというよりは他の利用者の方との会話が少ないからといった印象がある。
年齢がばらついていたり中には物忘れが進行してる方もいるからだろうか。
時には癇癪を起して、席を立つ事もあった。
それでも私達介護士はより快適に過ごしてもらう為にせっせとブログばばあの介助をする。
いつしかブログばばあは利用者の方たちからも避けられていくようになる。
椅子から転倒した日もあったが、周りの利用者の方からは声をかけられずに私が駆けつけるまで床でもがいていた。
利用者の方に怒鳴りつける事はないが私達介護士に文句を言う事が多いので疎まれているのだろう。
1か月もしたら施設にいるみんながブログばばあの事を嫌いだ、苦手と思うようになっていた。
私がコミュニケーションを取ろうと「どんなブログ書いてるんですか?」と話しを振った時にも「あんたには関係ない。」と一蹴された事で話は終わる。
みんな内心ブログばばあが施設の悪口を書いてるんじゃないか、意外とアフィリエイトとかして凄い稼いでたり?などと噂するようになった。
そんなある日、ブログばばあの娘さんが仕事で迎えに来れないという事で彼女を自宅まで送り届ける事になった。
車の中でもつまらなそうな顔をするブログばばあに話は弾まない。
そして、自宅まで届けて玄関に送った時に、
「ちょっと見てもらいたいものがあるんだが。」
と言われたのには驚いた。
私は「どうしました?」と聞くと、どうやらスマホでの操作はできるが最近PCでのブログの更新が出来ないとの事らしい。
記事を書く画面が変わって使い勝手がわからないようだ。
仕方なしに私は運転手に少し外で待っててとお願いするとブログばばあの家にお邪魔した。
家の中は余計な物は一切なく殺伐とした雰囲気だ。
私は案内されてPCの前に座る。
ブログばばあが更新画面を開くと投稿のボタンが見当たらないのがわかる。
契約しているのは無料ブログだった。UIが変更されたのだろうか。
「1日2回投稿してるんだがね、家に帰ったらこのパソコンからやってたのができなくて不便なんだよ。」
彼女は言う。
私はスマホを取り出して、契約している無料ブログの操作方法を調べる。
すると、規約チェックをいれないと投稿がロックされている事に気付く。
私は規約画面を出して、ブログばばあに見せると案の定面倒臭そうに「チェックを入れてくれ。」と言われた。
言われるがままチェックを入れてから、しっかり投稿できるようになってるか確認する為に私は「テスト」と打ち込んだ記事を投稿する。
投稿したらしっかりブログを見に行くのが一連の流れだ、私はさも当たり前のようにブログばばあのブログを見る事に成功した。内心気になっていたのだ。
するとそこには可愛らしい花柄のレイアウトに空や食べ物の画像が見えた。
サイトを開くとブログばばあが慌てて画面を隠すそぶりをするので怒らせてはいけないと思い私は席を立つ。最後に一瞬見えたアクセスカウンターが1万目前なのに少し驚いた。
彼女が「ありがとうよ。」とぶっきらぼうに言う。
そのまま帰るのも何かひっかかるので私は、
「アクセス凄いですねもうちょっとで1万じゃないですか。」
と思わず言ってしまった。
すると、ブログばばあは見たのかという表情を一瞬見せたが、少し伏せて呟く。
「全部、私のアクセスだよ。」
「ぇ、でもこんなアクセス数自分でいくなんて」
今のカウンターは一人で何回入ろうと1日1回になる物が多いはずだ。
「私はもう20年以上やってるよ。」
ブログを20年継続?その根気に私は驚く。
「ぇ、そんな20年もやってるのにアクセスが自分一人なんて勿体ないじゃないですか、SEO対策とかやってないんですか?」
このブログばばあがSEO対策なんて言葉を知っているとは思えないのにこう言ったのは私が少し意地悪だったからだろう。
「良いんだよ、別に見せたいやつはこの世にはいないんだから。」
私はふと疑問に思った、見せたい相手もいないのにどうしてブログばばあは毎日決まった時間にせっせとブログを更新しているのだろうと。
そしてそれをそのまま口にする。
「見せたい人がいないのにどうしてブログ更新してるんですか?」
こんな事を聞いたら普段のブログばばあなら「うるさい」「関係ない」と言うかもしれない所だが、今回は私が投稿を直したという恩も感じたのだろう、少し話してくれた。
「最初は、日記だったんだよ。毎日の事を記すのは苦じゃなかった。むしろ楽しいと思っていたかもね。」
「ただね、約20年前かね、学生時代から仲良くしていた友達の中で唯一生きていたのが亡くなっちまったのさ。」
私は予想していなかった話に黙って頷いて続きを聞いた。
「日記ってのは日々の事を書くが人に見せるもんじゃないだろ?ただブログってのは人に見られてなんぼじゃないか。」
「だから、私は死んじまった友達に見せたいのさ、今の現世はこうですよ、私は元気してますよってな。」
彼女はそう語ると少し寂しそうに微笑む。
そんな話を聞いてから私は何故かいたたまれなくなって会釈する。
丁度タイミングよく運転手が「まだか?」と呼びに来てくれたのも助かった。
しんみりするのはどうも苦手だ。どうせなら私は彼女にも笑顔でいて欲しかったのだ。
そして、彼女が片手をあげて「またな」と手を振るので私は再び会釈をして家を出る事にした。
仕事が終わって帰宅後、私は彼女のブログを探した。
自分のアクセスしかカウントされていないとなるとSEO対策はおろかタグ付けやリンクなども全くやっていないのだろう。
私はあの一瞬でもう一つだけ見えていたブログ名を覚えている。
「多恵子の現世日記」
自分で日記は人に見せる物じゃないと言っときながらブログ名に日記と入れているのはどういう事だよとツッコミをいれながらも、検索ワードにタイトルを打ち込んでも案の定出てこない。
その後、契約してるサーバー名や彼女が書きそうな施設の事とかを検索にいれてようやく検索に引っかかった。
これじゃ出ない訳だよとため息をつく私。
いけない物を見るようで少し気がひけたが施設の悪口を書かれていては困るという勝手な名目を自分の頭に浮かべながら私は多恵子の現世日記にアクセスした。
そこには施設でやったゲームのここが楽しかった、食事のこれは工夫されていて美味しかった、この人が優しくしてくれたなどが書かれているではないか。
普段、そのような素振りも見せていない彼女がそんな事を思って書くなんてと私は驚いた。
彼女が転倒した日の事も書いてある。車椅子が段差に引っかかって躓いたけど直ぐに優しい介護士が助けてくれたと。
直ぐ近くにいた利用者が助けてくれなかったなどの愚痴は書かれていない。
というかこのブログには悪い事がほとんど書かれていなかった。
これは彼女が亡くなった友達たちに心配させないようにしているのではないだろうか、そう考えると本来の彼女の奥底の優しさに気付く事ができた。
私は一通りブログを見るとお気に入りに保存する。
これから彼女のブログのカウンターは今までの倍速で上がり続ける事になるだろう、いつかこっそりコメントしたら彼女は気付くだろうか、そしたら慌てて私に操作方法を聞きに来るんじゃないだろうか、そう思いながら私は明日、彼女に会えるのが楽しみになっていた。
年配の人って無条件で性格が良いような話が多いので、初めは意地悪く嫌な年配の人を書きました。
しかし、施設内では疎まれるブログばばあ良い一面があって。そんなほっこりするお話です。




