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五節/2

 秋風が吹いた。

 宙に舞う枯れ葉、靡く白色の彼岸花。

 柵で区切られた向こう側には、満開の彼岸花が咲いている。


 空の端が茜色に染まった頃、レイフォードたちは花畑に到着した。


 ここは遠い昔、墓地として使用されていた。

 クロッサスの町が出来る前の話。

 ただの開拓村として存在していた頃の名残だ。

 墓地自体は別の場所に移転しているが、植えられたままの彼岸花は未だこの場所を守り続けている。

 


「シャーリー! ここに居るの?

 お願い、居るなら返事をして!」



 いの一番に飛び込んたウェンディが、大きな声で名前を呼ぶ。

 誰もが静寂を貫き、何一つ聞き逃さないほどに耳を澄ました。

 

 聞こえてくるのは、木の葉のざわめき。

 木枯らしが枯れ葉を攫っていく音。


 聞こえない。

 五秒、十秒、一分。

 いつまで経っても、返事は聞こえなかった。


 

「……居ない、のか?」

「いや、居るよ。だから、もっと大きく呼んであげて」



 予想が外れたと落ち込むオルガの背を押すと、前に居たルーカスに手を牽かれながら、彼らはウェンディの元へ歩み寄る。

 


「……オルガ」

「……大丈夫だ。まだ、終わってない」

「そうですよウェンディちゃん、諦めちゃダメです!

 もう一度、みんなで呼びましょう」


 

 俯いていたウェンディは二人の言葉を聞くと、涙を滲ませた目元を拭う。



「……うん。そうだ、そうだね。

 もう一回、シャーリーを呼ぼう」



 互いの意志の強さを確かめ合うように手を繋ぎ合わせた三人は、大きく息を吸った。

 肺を満たす冷たい空気。

 脚が震えるのは凍えているからか、あるいは先が見えない不安からか。

 

 それでも、彼らは喉を震わせる。

 愛しき友人の名を叫ぶ。


 諦めたくないから。

 また、会いたいから。

 だから、探し求めるのだ。



 ──シャーリー!



 一層強く風が吹いた。

 枯れ葉が飛び、彼岸花が揺れる。

 

 風に掻き消されてしまいそうなほどに、酷くか弱い返答だった。

 けれど、確かにその声は彼らの耳に届いたのだ。


 ちりん、と小鐘の音がなる。

 瞬間、少年少女は駆け出した。


 

「……見つけた! やっと、見つけたよ!」

「本当に良かったです! こんなところに居たんですね!」



 くたりと力無く横たわる白猫。

 首輪には、いつもと変わらない銀の小鐘が付いている。

 間違いない、シャーリーだ。


 ウェンディが撫でると、もっと撫でろというように手に頭を擦り付ける。

 極稀に見せる甘えに、ルーカスと喜びを分かち合った。


 ──しかし。



「レイフォード、早くシャーリーの様子を診てくれ!」



 オルガだけは、事の次第に気付いていた。

 そして、もう取り返しの付かない状態になっていることも。


 柵の外から見守っていたレイフォードたちが、花畑に足を踏み入れる。 

 重苦しい足取りは、これからの未来を思い描いてしまっているからか。


 笑顔のまま触れ合い続ける二人の間に入り、シャーリーを視る(・・)


 肉体から剥がれかけている魂。

 己の過去とはまた違う、『終わり』の証。

 

 レイフォードは、蒼空を映した瞳を伏せると、ゆっくり首を横に振った。



「そんな……!」



 湧き上がる激情そのままに、オルガはレイフォードの襟首を掴み上げる。



「どうにかならないのかよ! 何だって手伝う、何だってする!

 だから──」



 しかし、彼はまた首を振った。



「もう、限界なんだ」



 ──寿命なんだよ。



 ただ体調が悪いだけならば、まだ解決策があった。

 精霊領域の探索許可を貰えば、大人を連れて材料の花を探しに行くことも、精霊術で体内の病魔を除くことも出来る。

 治せば終わるだけの話だったのだ。

 

 けれど、そうはいかなかった。

 予測可能、回避不可能な未来。

 それに辿り着いたのが現在なのだ。


 レイフォードがこの予測を立てたのは、オルガから事の仔細を聞いたときだった。

 大した怪我もせず、食事もうまく取れず、身体機能だけが衰弱している。

 決め手は、『優に十年は生きている』ということだ。


 野良猫──シャーリーの場合は、どちらかといえば地域猫だろうか。

 その場合、寿命は平均三から五年ほど。

 そんな状態で十年も生きているなんて、いつ限界を迎えても良いくらいだ。


 それに、シャーリーはどこかに姿を消した。


 『猫は独り静かに死を迎える』


 そんな俗説が頭を過ぎってしまった。

 予測を立てていたのだから、尚更だ。


 それでも、病気の可能性はまだあった。

 彼らともう少し共に過ごせる様に、そうであればいいのにと願った。


 だが、その願いは他ならぬ己の〝眼〟が否定してしまった。



「……生物は、肉体の衰弱と共に魂との結合が綻んでいく。

 今のシャーリーは、細い糸一本だけで繋がれているようなものなんだ」

「なら、『外』から新しく繋げばいいだろ!

 アンタなら、魂への干渉は出来るはずだ!」



 怒鳴りつけて、オルガはレイフォードを揺らす。

 

 オルガは知っていた。

 レイフォードが、綻んだ肉体と魂の結合を、再び繋げられることを。

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