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五節〈『奇跡』は起こらない〉/1

 クロッサスの町は、上空から見るとほぼ円形となる城塞都市だ。


 東と西、南と北の門を繋ぐ十字型の大通り。

 それに沿って建ち並ぶ店。

 中心部の広場では馬車の発着や露店などで、平日の夕方であるが、多くの人々で賑わっている。


 そんな大通りから離れて、レイフォードたちは外壁近く、町の外れにあるという花畑に向かっていた。

 秘密基地と反対方向にある目的地。

 クロッサスが人口に対して規模の大きい都市であることも相まって、移動だけでもかなりの時間が掛かってしまう。


 短縮する手段が無いわけではない。

 しかし、衛兵に連行される危険性を考えれば、大人しく歩いたほうが吉であるのは明確だった。


 出来る限り早足で歩く六人。

 最後尾のセレナが、他の四人に聞こえないように前を歩くレイフォードに問い掛けた。



「……レイフォード様。一つお聞きしたいことがあります」

「何となく内容は分かるけど……どうしたの?」



 セレナは、先の秘密基地での彼の行動が気掛かりだった。


 隅から隅まで見逃さないようにゆっくり見渡し、そして、とあるものを注視する。

 特にそこに在っても不思議ではない、ありきたりなもの。

 瓦落多(がらくた)として、骨董品店によく売り出されているもの。



「──あの灯籠(ランプ)には、隠蔽術式が刻まれていた。

 いいえ、それ以外にもです。あの場所にあるもの全て、何者かの手によって術式が刻まれていた。

 間違いありませんね?」

「まさか、そこまで気付けるとは。流石だよ」

「お褒めにいただき光栄であります」



 初めから違和感ではあったのだ。

 裏路地とはいえ、あそこまで目立つ秘密基地が見回りをする衛兵に気付かれないわけがない。

 彼ら以外にも裏路地に入る者は沢山いる。

 だからこそ、『三人と一匹以外知らない』というのはあり得なかった。


 けれど、実際、あの場所は誰にも見つかっていない。

 そこを造り出した三人の子どもと、彼らが招いたであろう一匹の猫しか知り得なかったのだ。


 ならば、そこには常識を覆す手段────すなわち神秘が使用されていると類推するのは簡単だ。

 精霊術の行使は大なり小なり詠唱が必要であるから、あの場での確認は取れなかったが、状況証拠からしても神秘の存在は確実である。


 セレナは精霊の視認や会話は出来ても、隠された精霊術の刻印を見ることはできない。

 《精霊の愛子》と、レイフォードが持つ〝眼〟の違いは、そういうところなのだ。

 

 そうして浮かび上がってきた問題。

 それは、『誰が術式を刻んだか』ということ。


 あの机の上にあった、術具の古びた灯籠。

 恐らく、最も強力な術式が刻まれているのはそれだ。

 隠蔽系の中でも、最上位に近いほどのもの。

 高等教育も受けていない子どもが使えるものではなかった。


 必然的に、オルガ、ルーカス、ウェンディの三人は選択肢から外れる。

 他の候補としては、元の持ち主と彼らと交流があるという雑貨屋の店主が上がるが、どちらも可能性としては考えにくい。


 灯籠に隠蔽術式を刻む意味はそれほど考えられず、ましてやそれほどの術師が術具を手放すというのに、術式を解かないというのはほぼありえない。

 程度はどうであれ、一般に使用されるもの以外の神秘は、基本秘匿されている。

 高等学校の神秘科で、口酸っぱく言われる大原則。

 逆らう命知らずは、ごく少数だ。


 そもそも、『照らす』ものであり、『明かす』ものである灯籠と隠蔽系の術式の相性は最悪に近いのでたる。

 まともな精霊術師ならば、そんなことはしない。

 源素の無駄遣いにしかならないのだから。


 また、雑貨屋の店主は多少ながら面識がある。

 彼は歴とした精霊術師だ。

 道楽としか思えない術具を思い付きで作っていることもあるが、同様の理由で候補からは外れるだろう。


 孤児院の院長など、他の一般人は論外。

 セレナが一目で見破れない術式を、教育を受けずに刻める者が市井にいるならば、それこそ問題だ。

 この町の衛兵と騎士は、王都と比べても不足ないほど優秀である。

 そういった話は聞かず、衛兵や騎士が動いていないからには、その可能性は否定される。


 そうして、残った選択肢。

 あり得ないと叫ぶ常識を抑え付け、己の結論を導き出す。



「術師は、かの──」



 しかし、その言葉は妨げられた。

 他でもないレイフォードによって。


 

「……何故でしょうか」

「強いて言うなら、礼儀(マナー)かな」



 唇に添えられていた人差し指が離される。



「答え合わせは全部終わった後に、ね。

 僕も全部解ったわけじゃないから」



 それ以上、彼は何も口にしなかった。

 

 

「……承知いたしました。貴方様の御心のままに」



 と、いってもほぼ答え合わせをしたようなものではあるが。



「ごめんね、こんな我儘聞いてもらって」

「いえ、これも従者の責務ですので」

「従者って……セレナが良いなら僕は何も言わないけどさ」



 呆れたようにふわりと微笑むレイフォード。

 その表情は、出会ったときから変わりない。

 『この天使に生涯を捧げよう』と決めたあの日から。


 使用人という立場でも、心持ちは従者なのだ。

 彼の行く道に付き従い、彼の心のままに動く。

 雇用関係ではなく、主従関係。

 誰にも破れない、絶対的な契約の証。


 しかし、それは哀しいほどに一方通行だ。

 レイフォードはセレナのことを、ただの歳の近い使用人としか思っていない。

 忠誠も、敬愛も、彼に伝わることはないのだ。


 それでも、セレナはレイフォードの従者である。

 彼が何と言おうとも、何と思おうとも、何者であっても。

 たとえ、どれだけ離れていても。

 レイフォードが身と心を捧げた主であることには変わりない。


 ああ、レイフォード様。どうか許してください。

 貴方という光に、生涯焦がれ続けることを。

 そして、私が貴方にとって唯一の『従者』であり続けることを。


 ユフィリアもテオドールも、皆みんなレイフォードという光に灼かれている。

 ときに眩しく、ときに仄かに輝く導きの光。

 彼に焦がれる者は、そう少なくない。


 遠くから見れば、ただ明るいだけの太陽。

 でも、近付いてしまえば確かな熱が身を灼いてくる。


 目を凝らさなければ、ただ暗闇を照らしているだけ。

 でも、一度視てしまえば(たちま)ち魅入られてしまう。


 そんな焼死体の中。

 ユフィリアにも、テオドールにも、他の誰も持ち得ない。

 セレナだけの特権。

 『初めての、ただ一人の従者であり続けること』


 もう二度と、喪いたくないのです。

 もう二度と、離したくないのです。


 ■■■がセレナ(わたし)であり続けるための、自己同一性(アイデンティティ)


 だから、ずっと──。


 声にならないその想いは、誰にも聞かれず空に消えていく。

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