四節/2
「元々こういう不足の事態のために居たからね。
さっさと見つけましょうか、セレナさん」
「ええ、テオ。地図はよろしくお願いします」
頷いたテオドールは手を前に出し、言葉を紡ぐ。
「〝精霊よ、我願うは街映す地図。〟」
突き出した手の先に、陣が形成された。
集まってくる低位精霊。
テオドールから得た源素と環境源素を元に、彼らは幾何学模様を描いていく。
「〝天目指す家屋を、地広がる道を。
高く、広く、審らかに。
|余すことなく《チェータス
》、模り映せ。〟」
──〝天地模り映す街の地図。〟
それは、空間上に立体地図を映し出す術式。
正確に造り上げられたそれは、どこから見てもクロッサスの街であった。
「皆様、まずはこちらをご覧ください。
この中で、シャーリー様がよく居られる場所や、行かれる場所などを指差していただけますか?」
「……ああ」
おずおずと示された場所は、ここから少し離れた雑貨屋の店の前。
そこの店主は彼らの知り合いであり、シャーリーもよく懐いているという。
「〝光れ。〟」
テオドールがそう言えば、地図上の雑貨屋の店前にひと粒の光が灯る。
「凄い……!」
「勉強すれば誰だって出来るものだ。
知りたいなら、後で教えてやる」
「やった! ありがとうテオドール……って、避けるなあ!」
抱き着こうとしたウェンディを、華麗に避けたテオドール。
反射速度はイヴの授業で鍛えられていたから、納得の速さであった。
オルガが指し示し、光らせる。
ルーカスの補足が偶に入りながらも、結果十二の地点が示されたのだった。
「ふむ……では、この中から人の出入りがある所は省きましょう」
「どうしてですか?」
「意味が無いからです。
この状況下、ここから逃げ出したシャーリー様には」
「……なるほど、そういうことか」
セレナは十二の点の中から、半数である六つを省かせる。
彼女が注目したのは、『何故シャーリーはここから姿を消したのか』ということだ。
『起き上がるだけでも精一杯』、『歩くことなんて無理』。
そんなシャーリーが動いたからには、それ相応の理由がある。
そして、その理由は恐らく、彼ら三人──つまり、『人の来訪』に関係していることだ。
そうでなければ、逃げる意味はない。
この秘密基地は、彼らにしか知りようがないのだから。
彼、もしくは彼女が普通の猫だったならば、話は違くなるかもしれない。
けれど、三人が満場一致で『賢い』と証言するほどだ。
どれだけ調子が悪くとも、理性的な選択肢を取ると考えるべきだろう。
「と、しますと……次は、高低差があるところですね」
「それは解りますよ! シャーリーは今、行動が制限されているからですね!」
「はい。屋根の上や、物の多い場所は除いてよろしいかと」
そうして、四つ選択肢が消えた。
あっという間に点は、『町外れの花畑』と『地下水道』の二つ。
こんな風に、セレナは状況や対象の情報を踏まえて選択肢を潰してくる。
『どうして見つけられたのか』と訊いた際、自分でも知らなかった癖を指摘され、恐怖した記憶はまだ新しい。
「ここから先は、実際に行ってみる他ありません。
どちらから行きますか?」
悩むオルガ。
現在時刻は、凡そ三時頃。
探索に一時間掛けたとして、移動も含めると二つ目に辿り着いた頃には日が暮れている。
レイフォードたちにも、オルガたちにも門限がある。
日が暮れれば探索は困難になり、更にシャーリーの体調を考慮すると、明日まで保つかは分からない。
何としても、日没前に見つけたいところなのだ。
顔に皺を寄せて、オルガは考え込む。
自分の選択で、シャーリーの運命は決まるだろう。
見つけられれば良し、見つけられなければその後の様子は想像に容易い。
だがしかし、彼には分からなかった。
シャーリーがどこに居るのか、ということが。
そもそも、彼女の言うことはどこまで信じられるのだろうか。
『かくれんぼの達人』だと言ったって、人なのだから完璧も絶対もない。
間違っていることなんて、ざらにある。
彼らが示した二択を以外の場所にいる可能性だってある。
だから、だから──。
「オルガ」
少女の声が、すっと耳に入った。
「……んだよ」
「どうするの?」
「や、どうするのって言ったってよォ……」
考え込み、沈み込んでいたオルガを釣り上げたウェンディは、暗い彼の顔を見ると、勢い良く背中を叩く。
直後、同じようにルーカスが反対側から叩いた。
「イ……ッテェ、何すんだオメェら!」
「うじうじ悩んでないで、さっさと決めてよ大将。
らしくない」
「そうですよ、ボクらはアナタに着いていきますから!
いつもみたいにバシッと決めてください!」
オルガは鳩が豆鉄砲食ったように目を見開き、そして明るく口角を上げた。
「……ああ、そうだな! よし決めた、行き先は『花畑』だ!」
「理由は?」
「勘だ!」
腕を組み、踏ん反り返って言う彼の姿は、先程までの弱々しさが微塵も感じられなかった。
『ガキ大将』なんて言葉がよく似合う、立派な少年だ。
呆れたように溜息を吐くテオドール。
その顔に喜色が滲んでいたのは、指摘しないことにしよう。
「早速出発しようか。
オルガくんたちには、また道案内を頼むことになるけれど……任せていいかな?」
「おうよ! 華麗に送り届けてやるぜ」
飛び上がるように立ち上がったオルガに、ルーカス、ウェンディが続く。
「今度は道を間違えないんだろうな?」
「ったりめェだ。オレを誰だと思ってやがる」
「馬鹿」
「あァ?!」
その後ろからテオドールがちょっかいを掛け、セレナがいつもと変わらない無表情で歩き出した。
が、未だその場から動かないレイフォードを気にして振り返った。
「何か、気になるところでもありましたか?」
「……何でもないよ。さあ、行こうか」
それは、些細な違和感。
レイフォード、或いは彼と同等の〝眼〟を持つ者以外は気付きようがないもの。
隠していたつもりなのだろう。
隠し通すつもりなのだろう。
彼ら彼女らには露呈することなく置かれた、大団円になるための布石。
巧妙に仕込まれた伏線の数々。
レイフォードは、理解した。
その虚構は、解き明かす必要のないものだと。
真実を告げることは、無粋になるのだと。
だから、少年は口を閉ざす。
開演中は、私語厳禁。
求められるなら別だが、自分から語ることはない。
今宵は、ただの観客。
彼ら、もしくは彼女らの劇を眺めるだけ。
くるくる、くるくる。
舞台の上で演者は踊る。
この物語に、機械仕掛けの神はいらない。
何故ならば、すべてが予定調和に、計画通りに進んでいる喜劇なのだから。
雲がたなびく青空には、端から少しずつ茜色が刺していた。




