二節/3
ころり、と足元に球が転がってきた。
レイフォードが拾おうとするが、それよりも先にテオドールが拾う。
「お、テオドール! お前も来いよ!」
「一緒に遊ぼうぜ!」
転がってきた方向には、同級生たちの集団。
どうやら、避球でもしていたらしい。
「すまんが予定があるんでね、また今度誘ってくれよ」
「……そっか、じゃあな!」
テオドールはそう言って、球を弧を描くように投げる。
彼らはレイフォードを一瞥してから、別れの言葉を口にした。
『何故テオドールは、あんな奴とつるんでいるのだろう』と、不思議に思う表情を隠しながら。
「行こうか、レイくん」
「……うん」
何事もなかったかのように微笑みかけるテオドール。
彼の気遣いを受け入れ、二人は再び歩み出した。
校門を抜けて、商店街を通る。
屋敷のある小さな森林に行くには東門を通らなければいけず、東門に行くためには商店街を通る必要がある。
この時間は人通りも多いため、大通りは混雑していた。
「そういえば、大分慣れたよね。
前はここでも倒れるくらいだったのに、今はティムネフスでも平気になったし」
「もう七年前の話だよ、それ。
僕だって成長しているんだから」
五年前の秋ほど。
テオドールと出会った事件から半年経ち、ユフィリアにへの贈り物を探しに街に来た時のことだ。
人の多さに〝眼〟が疲れ、倒れかけてしまった。
それは、引き篭もりがちで慣れていなかったから起こったことであり、幾度も街に繰り出し慣れた今は起こることはない。
そう、もう起きることはないのだ。
「そうかなあ……?」
「信じてよ、僕が嘘吐いたことがある?」
「うん」
「ですよね」
当然の如く返された言葉。
己の信用のなさを改めて自覚した。
そんな話をしているとき。
「おっと、テオドールくんじゃないか!」
「……ソニアさん?」
誰かがテオドールの名を呼んだ。
声の聞こえた方向を見ると、老齢の女性が林檎の入った箱を抱えて立っている。
ソニアと呼ばれたその女性は、足元に箱を置くと二人を手招きした。
「お仕事、再開したんですね
怪我の方は、もう大丈夫なんですか?」
「ああ!
アンタが応急処置してくれたからね、早く治ったのさ。
一時はどうなることかと思ったけど……まだやれそうで安心したよ。
本当にありがとうね」
ソニアは服の裾を持ち上げて、傷一つない脚を見せる。
彼女は数日前、品物の輸送中に膝に怪我を負ってしまった。
立ち上がれず困っていたところにテオドールが通りかかり、応急処置をして医者を呼んでくれたらしい。
それだけでなく、中途半端になってしまっていた輸送も手伝ったようだ。
「はいこれ、迷惑掛けたお礼だよ。
受け取っておくれ」
「……あの、こんなに沢山貰っていいんですか?
俺、そこまで大層なことやってませんよ」
ソニアがテオドールに渡したのは、果物や野菜が溢れんばかりに入った紙袋。
ついでとばかりにレイフォードにも一回り小さな紙袋を渡す。
それは、彼女が売り出している商品の一部を詰め込んだものだ。
「それだけ感謝してるってことさ!
育ち盛りなんだから、いっぱい食べなよ!
レイフォード様もね!」
「ありがとうございます、皆で美味しく食べますね」
「……ありがとうございます」
肩をばしばしと叩かれるテオドール。
快活なソニアに気圧されるレイフォード。
二人は彼女にお礼を告げて、その場を立ち去った。
「本当にいっぱい貰っちゃったなあ。
レイくん何か食べたいのある?」
「そうだなあ……林檎の包み焼きとか?」
「いいね。
丁度ユフィも来るし、週末辺りにでも作ろうか。
ジンさんに厨房の使用許可取っておかないと」
今週末は、ユフィリアが家にやってくる。
最近は彼女も成長したことから、ユミル──ユフィリアの身の回りを担当する老齢の使用人──と二人だけでの遠出が許可されたのだ。
気軽に動けるようになったこともあり、二週間に一度ほどの間隔で互いの家に遊びに行く。
レイフォードの場合は、テオドールとセレナと共にだが。
レイフォードは、軽く俯く。
眼下には、赤く色付いた果実で埋め尽くされた空洞がある。
つるりと艶のある表面。
微かに甘酸っぱい匂いが香っていた。
「……凄いね、テオは」
「何が?」
林檎から目線を外さず、不思議そうにするテオドールにわけを話す。
「だって、色んな人を助けてるじゃないか。
皆を助けて、皆と関わって。
友達……知り合いだって、いっぱい居るし。
そんなこと、僕にはできないから」
嫉妬というよりは、引け目だろうか。
テオドールは、一言でいえば『優等生』だ。
周囲と異なる容姿であっても、直ぐに周りと仲良くなれる。
勤勉で素直な態度から、年上からの覚えも良い。
そんな彼の唯一の汚点。
太陽に掛かる雲、陰のようなもの。
それが、レイフォードだ。
ある意味、レイフォードは『劣等生』だった。
周りと馴染めず、素直とは程遠く、誰からも腫れ物のように扱われる。
本来ならばもっと自由に飛べるはずの鳥を、籠の中に縛り付けてしまっているのだ。
美しい翼を雁字搦めにして、鳥籠に鍵をかけて。
ただ、自分の側に置くために。
「……だから、ご──」
「そんなことない」
テオドールが言葉を遮る。
驚いていて紙袋を抱き締めるレイフォードと瞳を合わせ、彼は話を続けた。
「レイくんは、自分のせいで俺が不自由になってると思うかもしれないけど、本当は全然そんなことないんだ。
逆に、君が居るから俺は自由でいられる」
「……どうして?」
彼の銀の瞳が、緩く細められる。
「何も飾らない、ありのままで。
本当の俺でいられるのは、君の前くらいってことだよ」
空に輝く日輪にも負けない笑顔で、テオドールは言った。
「……ちょっと気恥ずかしいな。
っていうか、俺に自由の翼なんて名前をくれたのはレイくんでしょ?
この名前が一番の宝物なんだ。
だからさ、もっと自分に自信持ってよ」
「……そう、だね。頑張る」
「煮え切らないなあ。
そういうところも、レイくんらしいけど」
テオがそう言ってくれるなら。
ただそれだけで、赦されたような気になってしまう。
根本的な問題は、何一つ解決していないというのに。
ああでも、今だけは。
叶うならば、夢を見ていたい。
己にとって幸せな、理想だけを信じていたいのだ。




